第2話

「はじめっ!」



 そして、とうとうインターハイ予選の決勝が始まった。


 他の武道だと、普通は団体戦と言えば五人対五人だけど……百合道の団体戦は四人対四人で行われる。

 それは、この競技の元になった過去の逸話ゆるキ○ンとかぼっちとかに登場する百合道の達人たちが、いつも四人で行動していたことに由来しているらしい。


 体育館の中には特別に用意された四つの試合場があって、団体戦の四人が一人ずつその試合場に配置されて、同時にそれぞれの相手と戦うことになる。そういう意味だと、団体戦と言っても一対一の個人戦を四人でやってるだけとも言えるけど……でも、そこはやっぱり団体戦ならではの戦略なんかもある。

 だって、味方が勝っていれば自分だってやる気が出てくるし応援にもなる。もちろん、当然逆のパターンもあるから、どれだけ試合中の雰囲気・・・を自分たちに有利なほうに持っていくかっていうことも、結構重要だったりして……。




「……ねえ、知ってる?」

 最初に動いたのは、ノリ先輩だった。


 ノリ先輩とその対戦相手がいる試合場には、『放課後の教室』をイメージしたセットが組まれている。夕日が差し込むようなライティングもされていて、すごいムードがある空間だ。


「今度の文化祭、三年生はダンスパーティがあるんだってー。みんな、きれいなドレスとか着て、メイクとか髪とかもバッチリ決めたりするんだろうなー。いいなー。私も参加したいなーって、思ったんだけどー……でも私、一緒にパーティに出てくれる相手なんて、いないからなー……」

 ちょっと小悪魔風の顔で、相手選手に微笑むノリ先輩。差し込む夕日の効果も相まって、すごく大人っぽくて色っぽい。

 もちろん、先輩が今やっているのは、百合道の技……演技だ。普段の先輩はもっと優しくて、喋り方も丁寧だし。そもそも、うちの学校の文化祭にダンスパーティなんてない。

 でも、これが百合道の試合だ。

 「時間内にどれだけ相手に百合ムーブを決められるか」で勝敗が決まる、百合道の戦いなんだ。


「あー……どこかに、一緒にパーティに出てくれる後輩ちゃんとか、いないかなー?」

 先輩は最後に、「うふふ」と相手選手に流し目を送った。

 よし……決まった!


 強引な先輩に振り回される系百合。

 それが、ノリ先輩の得意技だ。


 おっとりしてていつもどこか抜けてる雰囲気の先輩だけど、実は、百合道の技を出すスピードはうちの部で一番速い。先輩の先制攻撃で相手は用意してきたプランを崩されて、そのままグダグダになってしまう。

 これまでの試合でも、まずはノリ先輩がこの手の百合で「有効」を取ってくれて、こっちに有利な雰囲気を作ってくれていたお陰で、最終的な勝利を掴むことができていた。だから、今回も先手必勝で……。


 と思ったのに。

「せ、先輩……。わ、私、この前……男子に告白されちゃって……」

 突然、相手選手がそんな言葉をつぶやき始めた。

「え……?」

「私、そんなこと言われたの初めてで……驚いちゃって……」

「あ、あの……えと……?」

 ま、まずい……!


 相手選手の声量や、とぎれとぎれの声のタイミングは、完璧だった。

 無視するにはちょっとハッキリとしすぎているし、かといってちゃんと聞こうとすると、どうしても自分の技を止めなくてはいけない。

 結果として、相手の技に巻き込まれてしまうのを避けられない。


「ずっと黙ってたら、その相手に、『他に好きな人がいるのか』って言われて……そのとき頭に浮かんだのが……先輩でした……」

「え……な、泣いてるの……?」

 相手のカウンター技があまりにも鮮やかで、戸惑ってしまっているノリ先輩。その反応が本当に、「後輩から思いもしなかった告白を受けている先輩」のようになってしまっている。

 こ、これじゃ、さっきの「小悪魔風先輩ムーブ」が相手選手のフリに使われてしまったようなもので……自分のペースを崩されてしまったのは、先輩のほうだった⁉ や、やばい! 畳み掛けられる!

「ごめんなさい……。でも、私……もう『可愛い後輩』のままじゃ、いられないんですっ!」

「あ、あの……パ、パーティ……」

「先輩、私じゃダメですかっ⁉」


「技ありっ!」

 次の瞬間、審判のそんな残酷な声が会場内に響いた。



 当然、私たち部員のみんなも、それを聞いてしまっているということで……。

「な、なんてこと……。あのノリが、初手を取られるなんて……」

「うーん、なのー……」

「く……」


 私たちは、早くもインターハイ常連校の圧倒的な実力を、思い知らされることになった。

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