ススメ、百合道一直線!

紙月三角

第1話

 第十二回神奈川県高等学校総合体育大会百合道ゆりどう競技大会……いわゆる、インターハイの県予選。

 これから始まるのは、その決勝戦だ。

 この戦いに勝ったほうが、県代表として夏の全国大会に出場できる。



「みんな。やっと、ここまで来たね……」


 県営体育館の廊下での、試合前最後のミーティング。

 部長の私は、団体戦メンバーのみんな……というか、我が神奈川県立愛南あいなん高校の百合道部部員の全員を見渡す。少数精鋭といえば、聞こえはいいけど。実のところ私たちの部活には、百合道の団体戦の構成人数ギリギリの、四人しか部員がいない。補欠すらいない。

 でも。そのたった四人で、ここまでトーナメントを勝ち抜いて来ることが出来た。

 ……いや、違う。

 この四人だからこそ、ここまで来ることが出来たんだ。



「ねえ……ちょっと? 『ここまで』って、何よ? ワタシたちが目指しているのは、全国でしょう? まだあと一回勝たなくちゃいけないんだから、変なこと言わないでよ!」

 お母さんが百合道のプロで、小学校から英才教育を受けてきた三ツ木寿梨亜ジュリアちゃんが、そう言ってこっちを睨んでいる。ツンデレ百合が得意技な彼女だけあって、怒った顔も本当に可愛らしい。

「そっか……そうだよね」


美千花みちか、緊張してるのー? そーゆーときは、あたちが『よしよし』してあげるのー」

 ひとつ上の二年生とは思えないような幼い見た目の、栃木ショーコ先輩。この人の「よしよし」には、これまでにも何度も励まされてきたっけ。

「うん。ショーちん、ありがと」


 そして……。

「美千花ちゃん。『ここから』……だよ?」

 唯一の三年生の青木深憲ミノリ先輩……ノリ先輩が、いつもどおりの、見ているだけで癒やされるような笑顔を私に向けてくれている。


 ノリ先輩が誘ってくれたから、私はこの部活に入った。そして、百合道の面白さを知ることが出来たんだ。

「私たち愛南百合道部は、『ここから』……始まるんだよ」

「……はい」

 家の都合で夏休みからイギリスの大学に留学することが決まっているノリ先輩は、今日の試合に勝っても、全国大会に出ることは出来ない。

 つまり、これが彼女と一緒に参加する最後の公式大会になる。


 そんな先輩が、私……百合ノ木美千花みちかを、自分のあとの百合道部の部長に選んでくれたこと。最初は本当に驚いたし、運動も勉強もダメダメな私なんかには絶対に無理だって思った。二年のショーちん先輩とか、同じ一年でも百合道エリートのジュリアちゃんのほうがずっと向いてそうなのに、なんで……って思った。

 でも、今なら分かる。


 このチームを一番輝かせることができるのは、私だ。

 一人ひとりがすでに最高のみんな。そんなみんなの良さを活かして、みんなに100%の実力を出してもらう。そして、個性バラバラのみんなをまとめ上げて、最高のチームにする。この決勝を勝ち抜いて、みんなで全国に行く。

 私ならそれができるって、ノリ先輩は、私を信じてくれたんだ。だから、私を部長に選んでくれたんだ。


 そんな先輩の期待に……。

 そして、みんなの想いに……。

 私は、絶対に応えたい……いや、応えなくちゃいけないんだ!



「みんな……」


 私はもう一度、百合部のみんなを見渡す。

 そこには、迷いや不安の色はない。あるのは、ただただ勝利を願っている表情。そして、「愛南高校史上初の全国出場」っていう未来を確信している、強い眼光だけだ。


 これから戦う相手は、全国出場常連で、去年はベスト4にまで行った山北大附属高校。データの上では、今まで万年予選一回戦敗退だった愛南高校の、遥か格上の存在。

 でも、何も怖くない。

 この四人なら……このチームなら、絶対に勝てる。



「全国…………行くよっ!」

「「「はいっ!」」」


 元気のいい掛け声とともにミーティングを終えて、私たちは会場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る