第2話 中

 ぼんやりと目をあけると、そこは、見たことのない白い部屋だった。

 そして、これまた、見たことのない白い服を着た人たちが私を見おろしている。

 

「目をあけた! 良かった! もう大丈夫だ」

と、興奮気味の声が聞こえてきた。


 あれ? 私、死ねなかったのかしら……?


 ぼんやりとした頭で、そう思った時、知らない中年の男性と中年の女性、そして、若い女性が部屋に入って来た。


 え? 3人とも、黒い髪に黒い瞳?

 あの異世界の聖女様と同じじゃない?

 

 駆け寄って来た中年の女性が、私の顔をのぞきこんだ。

 そして、涙を流しながら言った。


「ルリ! 助かって、良かった……」


 え、ルリ……? 

 この人、今、私をルリって呼んだの? 

 

 それって、確か、聖女様の名前と同じじゃなかったかしら。


 なんで? 一体、私、どこにいるの……? 

 

 ぼんやりした頭で考えようとしても、何もわからない。

 そこで、また、意識が途絶えた。



 目が覚めたら、やはり、あの3人がいた。

 さっきよりは、頭もはっきりしてきた。

 

 すると、少しずつ、状況がわかってきた。


 どうやら、私は自分を刺したあと、聖女様のいた異世界にきてしまったよう。

 しかも、何故か、聖女様の体に入ってしまっている。

 鏡を見たら、記憶にある同じ顔だもの。


 そして、聖女様の今の年齢は16歳。あちらの世界の聖女様と同じ年齢で私とも同じだ。

 

 更にわかったことは、聖女様の両親は私の両親とまるで違うということ。

 少し話しただけでも、聖女様をそれはそれは可愛がっている様子が伝わってくる。


 それにしても、聖女様は、何故、治療院のような場所に寝かされているのだろう?


「あの……、私は、何故、ここに? なにも思い出せなくて……」

と、記憶がないことにして、質問してみた。


 すると、聖女様の母親が憤った様子で叫んだ。


「ルリは、学校の階段から突き落とされたのよ! しかも、同じクラスの女子生徒だなんて、信じられないでしょう?! なんて、恐ろしいの!」


「突き落とされた……?」


「ええ。でも、安心して! もう、警察に捕まってるから」


 ケイサツ? 文脈からすると騎士団みたいなものかしら?


 ふと、両親の後ろに立っている若い女性と目があった。

 複雑そうな瞳で私を見ている。


 確認すると、聖女様の姉でラナという人だそう。

 でも、あの目。

 ただ心配しているという感じではないわね。



 1か月後。私は病院から家に帰った。

 この1か月間で、この世界のことは、テレビというものや、看護婦さん、聖女様の家族の話から、ずいぶんわかってきた。


 私のいた世界とは、あまりに違うので、驚きしかない。


 そして、聖女様の家族のことも、うすうすわかって来た。

 まず、両親は、大きな会社を経営していて裕福だ。


 そして、その跡継ぎとして、姉のラナを厳しく育てている。

 ラナはリュウという婚約者がいて、一緒に会社を継ぐらしい。

 そして、聖女様は、もともと体が弱かったこともあり、両親に甘やかされて育ってきたようだ。


 ある日、私がラナの髪飾りがきれいだと思って見ていると、さっと外して、私に渡してきた。


「あげるわ」

と、ラナは当然のように言った。


「え? きれいだと思っただけだから、いいわ。ラナお姉さんのほうが似合ってるし……」

そう言った瞬間、ラナが私を凝視した。


「ルリ。あなた、記憶がないんじゃなくて、やっぱり別人みたいよね」


「……どうしてそう思うの?」


「ルリは、私の物をなんでも欲しがったから。きれいね、とほめるだけなんて、あり得ないもの」


 私の妹と似ているわ。


 どうやら、聖女様は、物であれ、人の心であれ、なんでも、与えてもらうのが当たり前みたいに育ってきたみたい。


 与えてばかりいた私と、与えてもらうばかりの聖女様。

 真逆ね……。


 私は一度も経験したことのない、人から与えられるということを、聖女様の体をとおして観察してみることにした。


 とはいえ、聖女様のように、「あれが欲しい。これがいい」などと、ねだることは言わない。ただ、観察してみた。


 今までの習慣が根付いているから、やはり、両親も姉のラナも、ことあるごとに、私に物をくれようとする。

 

 それは、ラナの婚約者リュウもだ。

 どうやら、聖女様は、姉の婚約者であるリュウに、遠慮のない接し方をしていたらしい。リュウの目に、婚約者の妹を見ているとは思えない熱を感じた。


 とはいえ、中身は私。やめてほしい。なので避けた。


 もしかして、聖女様は、姉の婚約者まで奪おうとしていたのかしら?

 まあ、実際、ムルダー様の婚約者におさまったわけだし、あり得るわね。


 そんな感じで、愛情も物も十分与えられる疑似体験をしてみたが、それが一方的だと幸せだとは思わなかった。


 1年がたち、この世界で、聖女様の体は17歳になった。


 そんな時、事件がおこった。

 ラナの婚約者、リュウが両親を説得し、中身は私である聖女様に婚約者を変更してしまったのだ。


 私は反論した。リュウのことは好きではない、と。

 が、母親は、何故か、リュウの話を信じ切っている。 


「姉の婚約者を好きになるなんて、辛かったわね。でも、もう我慢しなくていいの。ルリ、幸せになりなさい」

などと言い、まるで話が通じない。


 もちろん、ラナにも、私はリュウのことは好きじゃない。そう伝えた。


 なのに……。


「でも、リュウはあなたのことが好きなの。もう、いいわ……」


 ラナの瞳から力が消えてしまっている。

 以前の私を見ているみたいで苦しくなる。


 私のようにはならず、ラナには幸せになって欲しい。


 なんとか、リュウとの婚約をとりけそうと、聖女様の両親をひきとめ、再度、話しをしていたその時、背後にドンッと衝撃を感じた。


「きゃあ! ラナ、あなた、なんてことをっ……! ルリ、大丈夫!? だれか、救急車!」

と、聖女様の母親が叫んだ。


 ああ、私、刺されたのね……。

 ラナにこんなことをさせる前に止めたかったのに。


 茫然としてるラナのほうを振り向いて言った。


「私はルリじゃないの……。本当のルリは、私の世界にいるわ。ごめんね、ラナ。こうなる前にとめられなくて。でも、絶対にあきらめないで……。私のようなラナ。どうか自由になって……」


 ラナの目から涙が流れるのを見ながら、私の意識がとだえた。

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