第2話 空色の飴

 その飴市は、月に一度やってくるそうだ。

 朝八時ごろに全ての露店が開き、夕方四時には店を閉める。


 僕は、青年オススメの空色の飴を一粒、買うことにした。


 青年が掌サイズのトングを使って、空色の飴が詰まったケースから一粒取り出す。それを油紙のようなものに乗せると、包まず僕に手渡してきた。


 受け取った僕は、飴を人差し指と親指で摘まんで、目の前に掲げて眺める。


 楕円形の、つるりとしたフォルム。光を放つのではなく、光を蓄えているような柔らかい輝き。

 素直に、綺麗だな、と思った。


「今日は暑いですからね。さ、どうぞ召し上がって下さい」


 青年の意味不明な言葉に促され、僕は空色の飴を口に含む。


 途端、体中に清涼な空気が巡るのを感じた。

 一気に汗が引いてゆく。猛暑の中、エアコンが効いている部屋に入った時のような爽快感だ。

 ミントやハッカが入っている訳ではない。味は、ごく単純。特にこれといった香りもない、砂糖の甘さだけである。

 それなのに不思議だ。さっきまでの暑さが、嘘のように涼しい。


『魔法』


 という、大人が口にするのは若干はずかしい類の単語が頭に浮かんだ。


「いかがです?」


 青年が先ほどよりは控えめに、ほんの少し身を乗り出して訊ねてきた。


 僕は正直に


「何故か汗が引きました」


 と答えた。


「ええ。これは、『涼しくなる飴』なんですよ」


 青年が大真面目に頷く。


 なんじゃそりゃ、と言い返してやりたかったが、その効果は僕自身の身体で実証済みだ。


 僕は、青年の前に並ぶ色とりどりの飴を凝視した。

 飴一粒の手土産。しかし、これまで体験した事が無いような現象を体に起こす。


 これを粋と喜ばれるか。ケチと蔑まれるか。


「ええい、賭けだ!」


 僕は財布からまた、五百円玉を取りだした。

 確か社長の孫娘は小学校高学年。飴玉欲しさに呼吸困難に陥るほど幼くはない。


「持ち帰りのケースは二百円ですよ」


 青年は、玩具の指輪が入っているような、透明プラスチックのケースを取り出して見せた。


「いいよ、ビニールの小袋で。ちょこっと飾りつけてくれれば」


「これしかないんです。それに、こっちの方が特別感ありますよ」


 本体よりは安いのだが……釈然としなかった。



 その日の商談は、実にうまく運んだ。

 正確には、その日に上手くいったわけではなく、後日、先方から『前向きに検討したい』と電話がかかってきたのだ。


 決め手は、あの飴だった。


『あのねタナベ君! 孫娘がね、あの飴を凄く喜んだんだよ。食べると頭がクリアになって、テストでいい点とれた! ってね』


 どこの商品?


 と訊かれたので、月に一度やってくる、屋台の飴ですと答えると、先方はとても残念がっていた。

 念のため青年に出店の日程を聞いていたので、「明日は○○県の○○で店を開いていると思いますが」と言うと、後ろから上司に肩を叩かれた。


 行って来い、今すぐ。出張だ。


 オフィスの出口を指さしながら、上司は口パクで僕にそう指示した。


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