第8話 毒の指輪

「弟君様、これは質問ではなく、決定ではないのでしょうか?」


 私は薬指の重さに耐えかねて、口にした。

 薬指にはめられた指輪には見たこともないくらい大きな宝石が飾られている。


「私はそなたを失いたくない。この日記がそなたのものだというなら、そなたが死を免れる方法は一つ。王族になることだけ……」


 たしかにそうだ。

 弟君と結婚すれば、たとえ王妃様がどんなに嘆き王様にお願いしても私を簡単に処刑することはできない。

 少なくとも、確固たる証拠が必要となる。

 その証拠(偽装)は今、目の前の王族――私に結婚を申し込んでいる国王陛下の弟君――が持っているのだが。


「我が甥に害を加えようとしているものがいることは知っている。我が甥どころか、この国は今混乱に満ち溢れている。甥だけでなく、兄上、そして私も……その毒牙の根本を断ち切りたい。王などと言っても私たちはしきたりにがんじがらめにされた傀儡にすぎないのだ。そなたのような、酸いも甘いも嚙分けた人生。その人生の知恵を私に貸してくれないだろうか」


 ああ、そうだった。私は子供の頃から虐げられてきて、幾人もの男を渡り歩き、王太子様の世話係として王宮に潜り込んだ女だった。

 実際は、王宮の間抜けなしきたりと偶然が重なりあったことによる幸運なんだけど。

 いや、その上で王太子様が死に、その死の責任を取らされそうになるなんて不運だ。

 そして、今度は実家を守るために自ら捏造した証拠によって、国王陛下の弟君から求婚されるなんて……。


「そなたのような美しい花が私ごときで満足できないのは分かっている。だけど、どうだろう。すべてが片付いた暁には、そなたの罪を赦し、新しい人生を用意しよう。そなたの望むように生きられるようにできるだけ支援もする」


 無罪放免の上にごほうびまでぶら下げる。

 一体どうなっているのだろう。

 そもそも、私はなんの罪も犯していないのだけど。

 でも、王族から一生サポートしてもらえるって約束はありがたい。

 そしたら、私は今度こそ実家に戻り、ただの一人の娘として領地の再興にあたることができる。

 みんなとともに畑を耕し、豊かな土地を取り戻すのだ。


 気が付くと私はそっと、左手をひっこめて、自らの薬指にキスをしてみせた。

 本当は弟君にキスをすべきなのだろうが、そこは、ほら。少しだけ照れてしまったのだ。

 契約を飲むことを態度でしめす、稀代の悪女らしく見えるだろう。


 だけれど、弟君はひどくうろたえて、私の左手をつかんだ。


「言ってはいなかったが、その指輪は代々王家に伝わるもの。いざというときの自害用の毒がその宝石の中に隠されている。むやみに口づけなどはしては困るっ」


 怒ったような泣きそうなような表情だった。

 だけど、



 だけど、そんな表情するくらいなら早く言ってよ!

 人のすぐそばに、毒を仕込んでおいてそれを知らせないなんて危険すぎる。


 でも、私は稀代の悪女だ。

 焦った顔などしない。


「あら、そうですの。では、いざというときは私も覚悟を決めますわ」


 そう言って、妖艶に微笑んで見せた。

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