第9話 解

 王太子様の死によって国中が灰色の雲に覆われたあと、私たちの結婚は少しだけ太陽の光を呼ぶことができたようだ。


 没落令嬢の成り上がりストーリーは庶民の間で非常に受けが良かったのだ。

 もちろん、没落令嬢というのは本当のことだが、私の日記とは異なる内容だ。

 貧しかった男爵令嬢が王宮に仕えているうちに、国王陛下の弟君をいとめたというごくごくありふれたシンデレラストーリー。

 私が王太子様の世話係だったことなどはどこにも出回っていない。


 ほとんど見たこともない王太子様よりも、分かりやすいシンデレラストーリーの恋愛は国民たちの関心を得やすかった。


 国中では私たちの結婚を祝福するムードが漂っている。


 王太子様の喪が明け、今日は結婚式だ。


 喪が明けるまで待つあいだに、弟君の計らいのおかげで領地の再興は進んだ。

 農具は新しいものを導入し、作物の種だけでなく専門家まで派遣してくれた。

 実家の領地は、私が王太子様の世話係として何十年も働いて成し遂げようとした姿をあっという間に実現している。

 この調子なら、子供の頃に聞いた領地に戻るだろう。


 いつか、王族の混乱が収まって私がお役御免となったときに帰る場所がある。それが子供の頃に夢見た場所であるなんて……こんな素晴らしいことがあるだろうか。


 白いドレスに、代々伝わる古く重いアクセサリー。

 それらを身に着つけて、今日、私は幸せな花嫁としてほほ笑む。

 もちろん、国民からの好感度を少しでも維持するように。


 おとぎ話のような幸せな花嫁に私はなるのだ。


 もちろん、現実はおとぎ話なんかじゃない。

 今日がどんなに華やかで幸せそうに微笑もうとも、明日からは、いや今この瞬間だって国民は国の政治に不満を持って飢えている。

 私の実家の領地が豊かになっても、国全体に同じ方法をとれるほどこの国の財政は十分ではない。

 パンを求め飢えている子供がいる。その子供を抱きしめる母親の存在も忘れてはならない。

 私はその姿を自分の目で直接見てきたのだから、ほかの貴族のように知らないふりなどできない。


 だけれど、今日の私は幸せな花嫁でなければならない。

 それが私の求められている役割だから。


 国王陛下の弟君の花嫁としての初仕事だ。


 弟君との結婚に貴族たちは驚いた。

 あの遊び人で、媚薬を使い買った娼婦たちが次々と消えるという噂の弟君が結婚にあたり急に真面目になったと。


 ドレスの真珠のボタンがすっかり留められたとき、一通の手紙が届いた。

 いくら弟君と結婚しようとも、いつ王太子様を殺した罪に問われるかは分からないから、ずっと秘密裡に調査を進めさせていたのだ。

 王妃様はまだ完全に心の傷が癒えず、王宮ではその話はタブーとなっているが、いつ何時状況が変わるかは分からない。


 そこには王太子様の死因について書かれていた。

 王太子様の死因は毒死である。


 やはり王宮関係の警察は間抜けである。

 そんな分かりきったことをわざわざ報告してくるなんて。

 外傷もなく、ひどく苦しんだ様子もない。

 そしたら、毒死というのは消去法ですぐに浮かんでくるはずだというのに。

 本当に王宮の警察関係は……



 ……いや、違う。

 馬鹿なのは私だったかもしれない。

 王太子様が毒死であるならば、あの晩、王太子様を殺すことができる人間は限られている。

 そもそも、毒というものは世の中にでまわれど、あんな眠る様に美しい死に方をできる毒なんて世の中には出回っていないのだ。

 大抵の毒は飲んだその場で苦しみだしたり、泡を吹いて緑色になるなどなんらかの痕跡が残る。

 物語にでてくるような美しく死ねる毒というのは、普通の人間は手に入れることができない。

 殺し方だって、別にわざわざ毒を選ばなくたっていいのだ。

 この通り、王宮の警察関係はとても愚かだ。

 毒なんかにこだわらずとも、王太子様が乗馬をするときに馬具に細工をして落馬させたり、王太子様の部屋の家具に細工をして巨大な箪笥が眠る王太子様の元に倒れさせたりなんてことも可能だ。

 もちろん、そのときは誰かが不注意として罪を被ることになるだろうが。


 それは毒殺でも変わらない。


 病死であれば、私にその死の責任を求められるところだったのだから。

 単に、国王陛下と王妃様の注意が王太子様の死の原因に向かなかっただけである。


 つまり、王太子様を殺害した犯人にとって毒が一番手軽な方法だった……。


 私は毒に詳しく、物語にしか存在しないようなその薬を持っている人物をしっている。

 国王陛下の弟君だ。

 そう、私の夫となる人。


 遊び人の弟君が真夜中に王宮のあんな静かな場所にいるのは不自然じゃないだろうか。

 あの、王族のみが入ることができる空間で弟君が作っていたのは媚薬でも香水でもなく毒だったのではないだろうか。

 弟君があの晩、私のようなただの世話係にしつこく話しかけてきたのは、王太子様の死を知っていたからではないだろうか。

 わざわざ、弟君が私の部屋から日記や手紙といった証拠を手に入れるような操作をするだろうか。

 それにあの晩、弟君はなんと言った?

『夜分に走り回るなど、もしかして喪服の布が足りなくて、夜の闇を盗もうとしてるのか?』って、なぜなんでもない夜になんて言葉が出てくるのだろうか。


 様々な疑念が重なりあい、私は一つの結論にたどりついた。


 私の夫となる人は実の甥を殺した殺人鬼だ。


 どうして、弟君が私と結婚しようとしたのかも分からない。

 私が王太子様毒殺の証拠を持っていると思っているから?

 もしかしたら、私が王太子様の死について何か気づいていると思っているから、口封じのために自分のそばに置きたかったのだろうか?


 疑問は尽きない。


 だけれど、今この瞬間に後戻りすることもできない。


 私は静かに赤い絨毯の上で一歩一歩、歩みを進める。

 鉛のように重い真っ白なレースを引きずり、私は殺人鬼王太子様殺害の犯人と永遠の愛を神に誓う。


 純白のドレスも、宝石も、人々からの羨望のまなざしも。

 多くの女が望むものだろうが、私にとってはすべてが枷だ。

 この牢獄から解放されるのはおそらく私が死を迎えるときだろう。


 もしかしたら、それが訪れるのは誓いのキスの瞬間かもしれない。


 私はそっと目を閉じて、甘い毒のような接吻を国民の前で受け入れたのだった。




―――第一部 完―――


=====

ここまでお読みいただきありがとうございました。コンテスト用ということでここで一度完結とさせていただきます。

また、明日以降にこちらの続編を投稿予定ですので、評価、フォロー等いただけると嬉しいです。



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