第7話 尋問と告白
王族だけの秘密の通路を抜けた先は、昨日の夜のための庭園である温室であった。
秘密の通路を使ってくれたおかげで、誰かに私が弟君に抱きかかえられているのを目撃されなかったことは幸いだった。
花々が咲き乱れ、夜なのに煌々と明るいそこはまるで妖精の世界に迷い込んでしまったのではないかと思うくらい美しかった。
王宮の庭園も美しいが、この温室は別格だ。
昨日の夜は気づかなかったが、私の家紋にも使われている植物まであった。その植物自体はそこまで珍しくないのだが、我が家の家紋に使われている花の色は特殊で、ほかの領地で育てるのは難しいと言われていた。
そんな花まで植えられ一斉に咲き乱れる。
本当に不思議な場所だった。
花に見とれ、弟君と同じ香りにつつまれてぼうっとなってしまった。
弟君は私を抱きか抱えたまま、昨日よりも奥に進んでいく。
一番奥には、机が置かれていた。
一目で、弟君の者だと思った。
植物やなにやらメモや高価そうな本が積まれていたから。
弟君は片手で、それらを端によせると空いたスペースに私を座らせた。
「まるで私も研究されてしまうみたい」
まわりにある、メモを指先でもてあそびながらおどけて見せる。弟君の瞳が先ほどからあまりにも真剣だから少しだけ場を和ませたかったのだ。
ふと、可愛らしい花が一輪飾られているのを手にとってみようとすると、
「だめだ! 触れてはならない」
いきなり弟君は声を荒げた。
そしてすぐに謝ってくれた。
「すまない。普段は私以外ここに来ないから、そんなところに置いてしまっていたが、その花は毒をもつのだ。人を殺せるくらいの毒を。私の不注意でどなったりして済まなかった」
「いえ、大丈夫です」
少しだけ沈黙が流れる。
正直、息苦しかったし、とても疲れていた。
思えば昨夜、王太子様が死んでいるのを見つけてから私は偽の証拠を作成した時間以外、ほぼ誰かと一緒にいる。
眠る暇などなかったのだ。
「そなたに、二つ聞きたいことがある」
弟君は再び真剣なまなざしでこちらをみつめた。
心の内側まで見透かされているような気分だった。
貴族女性だけでなく、一夜の恋を売りもにしている娼婦たちまでも本気で恋をしてしまうというのも納得な美しい顔だった。
今はそれを私がひとりじめしている。
美しさも、家柄も、お金もない私の人生で一番いい瞬間かもしれない……。
「これに見覚えはあるか?」
そう言って弟君が差し出したのは私の日記と手紙だった。
昨夜、急いでしたためた嘘の塊の日記。
どうしよう。
なんて答えればいいのだろう。
このすべてを見透かすような瞳の前で嘘はつけない。
私は静かに頷いた。
「これは君のもので間違いないな? 友達のものを預かっているというわけではなく」
私は再び頷く。
そもそも、王宮に私は友達などいなかった。
意味の分からないしきたりと運のよさだけで王太子様の世話係にありついた没落令嬢と仲良くしたい貴族も平民もいないのだから。
ああ、これでおしまいだ。
ロマンチックだと思っていたこの瞬間も、さっきまでの優しさも、すべて弟君が自らの甥の死の真相にたどり着いた結果の証拠を固めるためだったなんて。
本当は少しだけ期待していた。
王妃様があのまま悲しみにくれて、王太子様の死の責任を誰にも求めなかったらと。
だけれど、こうして今、私の生涯の日記は弟君の手にある。
そこには間違いなく私が王太子様を殺したと書かれている。
更には、私は生まれたときから虐げられ、商売女よりも汚く、ふしだらであると。貴族から庶民まで興味をもつようなスキャンダラスなゴシップがそこには文字となって染みついている。
弟君は何も言わない。
先ほどまで、こちらをまっすぐと見据えていた瞳も顔を伏せてしまっていることでみることができない。
言い訳なんてできなかった。
「全部、嘘なんです!」
って叫びたかった。
だけれど、そんなわけにはいかない。
こうやって、あの日記や手紙の証拠たちは王族である弟君の目に触れてしまったのだから。
嘘だとしても、王太子様の死に私が関係していると強く疑われるだろう。
無能な王宮警察はきっと、その死の真相をみつけだすことができない。結果として私が王太子様の死の責任を負うことに変わりはないのだ。
それならば、当初の計画通り、実家に火の粉がかからないように最大限に配慮してふるまうべきだ。
弟君が再び顔を上げた。
そして、一歩下がる。
手を自らの腰への運んでいる。
裁判も無しに私はここで剣によって殺されるのだろうか。
私はせめてもと、目をつむり、神に祈る。
私は無実の罪によって殺されますが、せめて神様、実家だけは助けてください。領地の皆をお守りください。
それだけを誰にも聞こえないくらい小さく、早口でいのった。
だけれど、次の瞬間、目を開けると祈りが無駄だということを悟った。
「私と結婚してくださいませんか、レディ」
目の前で弟君が跪き、私が返事をするまえに、その手にもっていた指輪を私の薬指にはめたのであった。
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