第11-2話:朽ちぬ伝言
聖墓の中は寒かった。マリウスの吐く息が白く煙る。
壁や床は霜に覆われている。聖墓の中は、白い世界だった。
祭壇や長椅子の類はない。
10基のケースだけが、床に置かれていた。
ケースは透明。霜の隙間から所々、中の遺体が見える。
三列三段に並び、その先にもう一基。
恐らくこのケースに横たわる者が、指揮官だろう。
マリウスは、指揮官のケースに歩み寄った。
膝をつき、霜をぬぐう。
黒髪を長く伸ばした姿が、そこにあった。
永い歳月を経て、細かいひび割れが表面に走っている。
その顔は、自分と同じに見えた。
半ば、予想はしていた。
調査艦隊の司令になる際、帝都に呼ばれ、そこで「同じ顔」に出会ったから。
理由は分からないが、この世には、自分と同じ顔が、稀にいるらしい。
だとしたら、過去にもいたのだろう。
分からないのは、彼女が、ここに眠っている理由。
しかし、問いかけるべき相手もいない。
**
立ち上がり、扉に戻ろうとして、
指揮官のすぐ足元のケースに、目が留まった。
霜の隙間から、うっすらと中が見えた。
がばっ、と顔を寄せると、しっかりと霜を払いのけた。
そこには。
髪を伸ばす前の、自分がいた。
配属されたばかりの、まだ幼さの残る自分が。
「なっ・・・!?」
思わず、声が漏れた。
まさかと思って、隣のケースの霜を取り除くと、そちらは年配の兵士だった。
自分が老いたら、こうなりそうな顔。
膝立ちで、ケースを一つ一つ回る。
今の自分と同じくらいの年齢の者。
片腕を欠損している者もいた。
全員、同じ顔をしていた。
「実在したのか・・・『均質軍団』!
実在して、
呆然として、ケースを見つめていると、周囲に立ち込めるオゾン臭に気づいた。
聖墓の一角がゆらめき、
そこから、ホログラムの映像が現れた。
**
掠れた色の、ホログラムの中で。
黒髪を伸ばした指揮官が、歩いて来た。
極低温に永い間、晒されて、光学機構が劣化したのだろう。
映像の所々が、タイルが剥がれ落ちたようにチラつく。
近づいた指揮官が、何かを口にした。聞こえない。
マリウスは、がばっと立ち上がると、鎧のバイザーを跳ね上げた。
「この伝言を聞く者は、私の姉妹のはずだ」
手をゆっくりと振って、周囲のケースを指し示す。
「我らは、命に従いて、この地に至り、
戦いもなく、朽ちようとしている」
そして指揮官は、自分が置かれている状況を、簡潔に説明した。
均質軍団における、自身の戦歴を。
遠征という名の調査航海で、事故があったこと。
待機せよという命令で、放棄されたこと。
「戦うことを許されなかった」姉妹のことを。
「君がどのような世界に生きているのか、
私には見ることが出来ない。
だが、これだけは、
たとえ
朽ちることのない真実として、
伝えることが出来る」
指揮官が、大切な言葉を耳に吹き込むのように、身を前に乗り出したので、マリウスも近づく。
2人の顔が、まるで頬を寄せるように並んだ。
「君は、無数にある資材の一つ、代替可能な1個、ではない。
君は、君しかいない。唯一の存在だ。
誰かに使われる、駒の立場に、甘んじてはならない。
自分の人生の、主人となり、
己の運命を、切り開け」
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