第10-6話:決別

 アニクの姿がホールの奥に消えた。見送るマリウスとタカフミ。

「そうだ、ジルに知らせよう。タカフミ、通話してくれるか?」

「腕輪はどうしました?」

「マルガリータが、全部剥がしていったようだ」


「もう少し、自分に興味を持ちましょうよ」

 そう言って、タカフミが自分の腕輪を操作しようとした時、


「非常に興味深いものを見せてもらったよ」

 突然、声がした。


 2人は周囲を見回すが、誰の姿もない。

「敵を生かす力の使い方とは。実に斬新だ」


「誰だ!」

 タカフミが誰何すいかする。

 声の方向も、漠然として定まらない。


「私は、この船、いにしえの播種船の、MI(機械知性)のような存在だ。

 仕組みは大分、違うけれどね。

 まさかこうして、再起動するとは思わなかったよ」


「あなたが、女神ウルカなのですか?

 テロン人に神託を下したという」

「私は、人間の姿アバターを持っていない。

 テロン人が、私を擬人化して崇めたが、昔は違う顔立ちだった。

 女神ウルカは、クロードの民が持ち込んだイメージだ」

 声は、ホールの天井近くから、響いているように感じられた。


「そちらの、裸で突っ立っている君。

 君は、ウルカと同じ顔をしている。

 なぜなのか、考えたことはあるか?」

「ただの偶然だ」

 顔を上げてマリウスが応える。


「偶然ではない。

 当たり前・・・・だったのさ。かつては」

「・・・どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。

 知りたければ、聖墓を訪れるがいい」


「聖墓は閉ざされている」

「そうだ。だが、君には開かれる。

 君に伝言を託した者がいたからだ」


「なぜ、そんなことを知っている?」

「昔、聞いたのさ。ザッカウ-1のMIからね。

 お互い、境遇が似ているせいか、心が通じてね」

 カラカラカラ、という乾いた音がした。笑い声らしかった。


「聖墓へ行け。そして伝言を受け取るがいい」


          **


 緑色の鎧を着た臨検隊に囲まれる中、神託の月に突入した一団が、船に戻った。

 担架で運ばれる者も何人かいる。


 アユーシは、戻ってきたアニクを見つけると、近寄って行った。

 神託の儀式の影響は、これまで別格の権威を誇っていたドゥルガー家で、特に深刻だった。

 この混乱で、クロードの民を受け入れが、うやむやになるのではないか。

 それが、アユーシには気がかりだった。


 さりげなく、受け入れのことをアニクに聞く。

 するとアニクは、冷ややかな笑みを浮かべた。

「受け入れのことは、もはや心配せずとも良い」

「どういう意味ですか?」

「必要とする者が、もはやおらぬ。そういう意味だ」


 アユーシは、目の前が真っ暗になったような気がした。

 アニクはコロニーを破壊したのだ。そう悟った。


「お前はこのまま、館で暮らすがいい。

 ガウリカが去り、シュリアも失われた。

 あとはもう、お前しかいない」


 コロニーは、どうなったのか?

 もはや、何もせずに待つことは、出来ない。

 クロードの民を追い詰めたこの人と、一緒に暮らすことも、出来ない。


 アユーシは、アニクに一揖いちゆうした。

「父上・・・お元気で」

 そして身を翻した。


          **


 テロン宇宙軍の全員が船に戻った、というところで、1人が飛び出してきた。

 緑の鎧の中で、一番小さい人に近づくと、

「私を、コロニーへ、クロード領へ連れて行って下さい!

 お願いです!」

 と頼んだ。


「ええ? なんで?」

 戸惑うセネカ。


 長身の鎧がやって来て、アユーシのヘルメットを覗き込む。

「おや、君は偽乳・・・おかしいな、ザッカウ-1に乗っていたじゃないか?」

「色々とややこしい事情がありまして」


 その時、腕輪を経由して、マリウスからの指示が届いた。

 探索艦隊は、女神の星恒星系に移動。クロード家のコロニーに向かうと。

「お願いです、船に乗せてください」

「戻って来れないぞ」

「いいんです。もう戻らない。

 ここは、私が住む世界ではないんです」


 ジョセフィーヌは、アユーシをじっと見つめた。

「とりあえず乗れ! 事情を聴くのはその後だ」

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