第10-5話:神性

 タカフミは、アニクを見据えたまま、

 マリウスの声がした方へ下がる。


「敵を生かす。そういった力の使い方も、あるんです」

 そう言って、横に立つマリウスを見た。


「なんで裸なんです!?(2度目)」

「土が付いている」

「自分が何のために、命がけで戦ったと思っているんですか!」


 マリウスは、タカフミの叫びは無視して、アニクに向けて歩を進めた。

 全てを晒して、アニクの前に立つ。

 その顔には恥じらいはおろか、怒りも、戸惑いもない。勿論、笑みもない。


「兵をまとめて地上に戻れ、アニク。

 そして二度と、私の視界に入るな」

「その声は・・・あなたがマリウスなのか?」


 裸身が現れた時、これは狂人かとアニクは思った。

 あるいは、その美しさを傲慢に誇り、利用する者かと。


 だが、しなやかな肢体を隠しもせず、一片の動揺も浮かばない容貌を見た時、アニクは悟った。


人間ごとき・・・・・に見られても、何の痛痒つうようも感じないのか”


          **


 アニクがまだ若く、軍務に就いていた頃。

 友人とともに、テロンガーナの美術館を訪れた。


 そこには、芸術家たちが想像で描いた、女神ウルカの作品があった。

“あの大きな彫刻は、確か『沐浴するウルカ』、だったか・・・”

 友人たちは、女神像の尻の造形を見ながら、冗談を言い合っていたが、

 胸を手で隠す仕草を見たアニクは、「これでは市井しせいの女と変わらぬ」と密かに思っていた。


 今、目の前にいる存在は、これまでにアニクが見た、どんな人間とも、異質な存在だった。

 異質で、そして、美しかった。


 アニクが「ただの人」であれば、自分が感じた「神性」に、頭を下げただろう。

 しかし、テロン最古にして、有史以来、人々を導いてきた家門の誇りが、それを許さなかった。


 マリウスの顔と全身を凝視した後、無言できびすを返す。


 その目に、床に落ちた聖剣が映った。

 聖剣を拾うと、刀身を持って振り返り、握りをタカフミに向けて差し出した。

 タカフミは驚いたが、「持って行くがよい。もう私には必要ない」と言われ、受け取った。

 アニクは頷くと、再びマリウスを見た。

 もう一度、もう一度だけ、この両眼に焼きつけたいと思ったのだ。

 そして、身を翻すと、

 無言で歩み去った。

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