第10章:反撃

第10-1話:マネキンと、怒る男

 神託の儀式を終えて、マリウスを載せたボッドは、神託の月へ戻った。

 儀式の参加者や報道関係者が見守っており、各国の天文台も観測しているので、エスリリスに戻るわけにはいかない。

 最後まで、女神を演じ切る。


 神託の月の内部、居住区の一角。

 マリウスの胸は、すっかりなくなっていた。

 歩くと足元に砂が落ちる。


 マルガリータがサリーをはだけると、どさどさと土が落ちてきた。

「ちょっと! パンツの中も砂だらけ!

 いいから全部脱いで!」


 サリーと装身具を全て取っ払い、上下の肌着も脱がせた。

 手で土を払っていたが、それだけでは落とせない。

「土がついても私の戦闘力は微塵も減――」

「あちこち砂をまき散らすつもり!?

 水を取ってくるから、そのままでいて!」


 マリウスは脱がされた状態で放置された。

 することもないので、人形化する。


 人形化――痛覚抑制とともに、物心ついた時から自然に出来た。

 静止すると、微動だにしない。

 眠っているわけではなく、意識は覚醒している。

 体力の消耗を抑えるだけでなく、感情の起伏を抑制する効果もある。

 無表情な上に、棒立ちなので、もはやマネキンと変わらない。


          **


 同刻。テロン宇宙軍の宇宙エレベータ。

 静止軌道から地上に伸びるケーブルを、1台のカーゴが登っていた。

 軌道ステーションに到着すると、兵士たちが物資と共に移動する。


 カーゴが空になると――小さな爆発が立て続けに発生した。

 カーゴは2つに割れ、破片は黒い影となって、霞みかかる大気の中に落ちていく。


 破片の間を通り抜けるようにして、次のカーゴが登ってきた。

 到着、爆破、落下、そして次のカーゴ、を繰り返す。


 宇宙エレベータは、鉄道でう所の「単線」である。

 カーゴがすれ違うための、待避線はない。

 そのため、空になったカーゴを地上に戻さなければ、次の輸送はできない。


 だが今、テロン宇宙軍は、輸送済のカーゴを廃棄することで、立て続けにカーゴを送り込んでいた。

 意味することはただ一つ。

 損失を度外視して、部隊を一気に静止軌道に移動させているのだ。


 3番目のカーゴから、アニクが軌道ステーションに降り立った。

「おのれ、マリウスめ、人を虚仮こけにしおって」


 なんとしても、偽の女神を捕らえ、衆目の前に引きずり出す決意だった。

 犠牲は厭わない。「星の人」が神託の月にいる間に、決着をつける。


          **


 エスリリスが、軌道ステーションでの異常な動きに気づいた。

 報告を受けたステファンは直ちに、マリウスと全士官に、異常を連絡。


          **


 軌道ステーションに集結した、アニク率いるテロン宇宙軍は、約150名。

 5隻の宇宙船に分乗すると、神託の月に接近。

 無線で、格納庫の扉を開けるよう指示するが、反応がない。


          **


 テロン宇宙軍は、ほとんどドゥルガー家の人間で構成されている。

 だが、惑星第二位の経済力を持つファントゥ家も、若干の人員を宇宙軍に送り込んでいた。

 彼らの手引きで、「儀式」の直前に、機動歩兵が突入。

 神託の月に駐在のテロン宇宙軍を武装解除の上、分散して拘束したのである。


          **


 やむを得ず、まず1隻目が、神託の月の表面に着陸。

 20名が、宇宙服を着て、月の内部を目指す。

「シュリア、お前は船に残れ」

 そう告げて、アニク自身も出ていく。

 10名が船を守るために残った。


 2隻目が着地しようとした時、キスリングが接近した。

「うちの艦隊司令がいるところに、そんな大勢で乗り込まないで頂けますか」

 ビデオ通話に現れたジョセフィーヌは、艶然と微笑んだ。


「星の人」には珍しく、自分の美貌が男に与える影響を理解している。

 そしてその特性を、躊躇ちゅうちょなく使った。

 女王のような気品と美しさ+有無を言わせぬ自信と迫力に、2隻目の船長は狼狽えたが、彼とて組織(軍)に生きる人間である。

 へつらいたい気持ちを捨てて、空元気を振り絞った。

「もとより我らの領土だ。よそ者の指図など受けん!」


 すると、ジョセフィーヌの顔から、笑顔も気品も優しさも、すぅっと消えた。

「あっそう」

 ぶちっと通話が切れる。


 すぐにキスリングの主砲が旋回し、レーザーが2隻目の船体を直撃。

 大穴が開いて、エンジンが破壊される。

 空気漏れを起こして回転しながら、ゆっくりと惑星テロンに向けて落ちていく。


「救出は認める。助け出したら、さっさと軌道ステーションに戻れ」

 残る宇宙船は、大破した船を曳航して、すごすごと帰って行った。


「ジル。1隻目の乗員が月の中に入っていった。20名を視認した」

「了解。迎撃する」


「あの船は破壊しますか?」

 着陸した船を指さしてソティスが聞くと、ジョセフィーヌはため息を吐いた。

「どうせ、頭を冷やさせたら、お帰り願うんだろう。

 船を壊すと面倒だ。動きだけ封じる」


 キスリングを、着陸した船の直ぐ上に停泊させた。


 臨検隊が神託の月に降下。船への出入りを封じ、周囲を警戒する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る