第9-3話:光臨

 白いポッドは、地面から1メートルほどの高さで止まった。


「皆さん、前にお進みください」

 マルガリータの声が響き、正面の機動歩兵が道をあける。


 アニクは躊躇ためらった。するとリークァイが声を上げた。

「行きましょう、皆の者!」

「おお!」

 リークァイに呼応する声が背後で重なり、北大陸の当主たちが歩き出す。


「さあ、行きましょう、アニク」

 リークァイに背中を押され、アニクも前に足を踏み出す。

 アニクはリークァイを見た。そこにいつもの愛想笑いはなかった。

“こやつ、まさか、謀ったのか!?”

 リークァイは真っすぐ、白いポッドを見つめていた。


 ポッドのハッチが開き、地面に降りて傾斜路となった。

 左右に鎧が立つ。

 そして現れたのは、


 人形のように整った美しい顔。

 左右で微かに色の違う、大きな瞳。

 腰まで流れる艶やかな黒髪。

 刺繍や金細工で煌めく、黒と青のサリー。

 サリーに包まれた、豊満な肢体。


 女神ウルカ、その人だった。


 微笑みも、てらいもなく、無表情に貴族たちを見下ろしていた。


          **


「いくらなんでも、盛り過ぎだろ、あれ」

 モニタ越しに指揮を執るジルのつぶやきが、無線で流れた。

「俺の胸よりでかいじゃないか」

「タカフミが、大きいのがいい、もっと大きくってワガママ言うので」

「何タカフミ、でかいのが好きなのか?」

「違う! 豊穣の女神に必要だからだ」

「風呂でいつも俺と一緒なのって、そのせいなの!?」

「違う違うんだ! 信じてくれ!」


          **


 女神ウルカ(マリウス)が、地上に降りた。

 白いサリー姿のマルガリータが、後に続く。

 アニクの前に立つと、ウルカは告げた。

「ドゥルガーよ、これまで、ご苦労だった」


 マルガリータが、手振りで、貴族たちを左右に散らす。

 ウルカが手を振ると、祠の残骸の上に、大きな円卓が現れた。

 20名が円卓に着く。椅子は機動歩兵がささっと用意した。


 アニクの前に、銀製の杯が現れた。

 それはアニクの前から、反時計回りに動き出し、着席した貴族一人一人の前で停まりながら、円卓を一周。

 リークァイの前に停まった後、円卓の中央に移動した。

 そして、全員が息を呑んで見つめる中、聖杯は宙に浮き、燐光を帯びると、そのまま天に上った。


 1人の執政官ではなく、20名の協議で地上を統治せよ、というお告げだった。

 ドゥルガー家に対する特別扱いは、示されなかった。


「さて、仕上げの署名ですね」

 とマルガリータが呟いた、その時。

「マルガリータ、緊急事態だ」

 首のチョーカーに触れて、マリウスが小声でささやいた。

「土が漏れ出している」


          **


 マルガリータは一瞬、表情をこわばらせたが、直ぐに微笑みに戻った。

「さあ、ウルカ様」

 マリウスをポッドの方に押しやる。

 首のチョーカーに触れる。

「ウルカは上がります。円卓での手続きは省略します」

 ジルが問いかける。

「土って何?」

土嚢どのうで盛ってるの」

「もうちょっとましな素材なかったのか?」


 マルガリータ、隠すようにマリウスのすぐ脇に立つ。

「走らないで。ごく自然に歩いて」

「右胸の半分くらいしかないぞ」

「振り返らないで!

 そのままポッドの中に消えて!」


 マリウスがポッドに入るまで、マルガリータは傾斜路の前で、満面の笑顔で貴族たちを見守っていた。

 そして軽く右手を振ると、自身もポッドの中へと姿を消す。


 ポッドが静かに上昇すると、リークァイは起立し叫んだ。

「皆の者、女神ウルカ様を見送りましょう!」

 すかさず、北方貴族の3名が立ち上がり、他の十数名がそれにならった。

 アニクも、自分だけ座って見ているわけにはいかなくなり、腰を上げる。


 ポッドが夕焼けの中に見えなくなり、視線をおろすと、

 円卓は消え去り、

 焼け崩れた祠の残骸だけが、地面に横たわっていた。

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