第9-2話:予定不調和

 停戦から約7週間後。首都テロンガーナの北に広がる砂漠。盛夏の夕暮れ。

 エアーズロックのような巨大な一枚岩「ウルカの鉄床かなとこ」が、神託の儀式の舞台だった。


 神託の儀式は、遥かな大昔に起こった奇跡が元になっている。

 2万年前と伝承される奇跡とは、以下のような内容だった。


 大いなる光が降り注ぎ、

 ①空に「汝、これにて勝て」という文字が現れ、

 ②鋭い光が巨石に落ち、岩を溶かした。

 ③溶岩の中から、一振りの聖剣が現れた。


 この奇跡に立ち会ったのが、20貴族の先祖であり、

 聖剣を受け取った者が、ドゥルガー家の始祖であった。


 この説明を受けた時、マルガリータは、

「溶岩の中にあった剣を掴んだら、火傷しませんか?」と聞いたが、

テロン宇宙軍の担当者は「そそそれは、聖なる力の加護が・・・」と誤魔化した。


 ②は、神託の月から照射された、地中探査用レーザーである。

 ①③は、後の神学研究によって、明らかにされた内容。

 有り体に言えば、作り話である。

 ③の聖剣は、至高の権威を示す神器として、ドゥルガー家の家宝になっている。


 今回の儀式は、この奇跡を「再現」する。

 ①は、空中ディスプレイ技術を使う。

 ②は、地中探査用レーザーを、超電導バッテリーで再起動させて使用。

 ③は、剣を隠しておいて、取り出す。

 という、種も仕掛けもありまくりな「奇跡」なのである。


          **


 ウルカの鉄床に、アニクを筆頭に20貴族の当主が集まった。

 周囲を、各国の政府閣僚や高級官吏、郷士や名士たち、警備部隊が取り囲む。


 巨石の上には、小さな祠がある。

 鋭い光により穿うがたれ、ドゥルガー家の始祖が聖剣を取り上げた溶岩抗。

 その穴の上に建てられた祠は、巨石と共に、神託の象徴となっている。


 儀式の会場には、多数の報道陣が配置されていた。

 飛行船や飛行機、ヘリも出ている。

 あらゆる方向から、この世紀の瞬間を捉え、後世にあまねく伝えようと待ち構えていた。


          **


 盛夏の太陽が、ようやく西に沈もうとする頃。

 空から、光が降りてきた。

 青、緑、黄色と揺らぐ光が、ウルカの鉄床を照らす。

 周囲から驚きの声が上がる。神託の月を仰ぎ見て、指差し、叫んでいる。


「あんな風に直視したら、危ないんですよ」

 担当者に言ったのに、注意喚起されていないので、マルガリータは不満そうだ。

「失明する恐れがありますか?」

「そりゃそうですよ。パウロみたいに」

「今、何て言いましたか?」

「はっ(゚Д゚;)!!

 いえその、眼球がパゥッて割れちゃうかなと」

「そんな擬態語ありましたっけ?」


 その時、ジルの指示が飛んだ。今回の儀式はジルが指揮する。

「降下用意! 鎧は位置につけ。ポッド班は搭乗!」


          **


 貴族たちは、一枚岩の上に登った。

 彼らが見守る中で、大空にメッセージが表示されることになっていた。

 しかし、文字は現れない。代わりに、

 次第に赤味を増す夕焼けの光の中を、8体の鎧が、降下してきた。


「文字はどうした。予定と違うぞ」

 アニクは、憎々し気に鎧をにらむ。

「おかしいですな」

 登攀とうはんで汗ばんだ額を拭きながら、リークァイも鎧の降下を眺めた。


 鎧は、祠を取り囲むようにして、巨石の上に降り立った。


 予定では、天空に「汝、これにて勝て」の文字を認めたら、

 貴族たちの手で、祠を動かし、それから、

「鋭い光」を受け入れることになっていた。


 しかし、メッセージは現れない。

 鎧が立ちはだかり、祠にも近寄れない。


 突如、光線が祠を撃ち抜き、祠は炎に包まれた。


“燃やしてどうすんだ!!”

 貴族全員が心の中で絶叫したが、報道陣が撮影しているので、狼狽えたり取り乱すわけにはいかない。

 いかにも「分かってます」という態を装いつつ、心中呆然として見守るしかない。


          **


 その次の光景は、貴族たちも報道陣も、のけぞらせた。

 20本の光の柱が、突如林立し、周囲を眩く照らしたのである。


 光の柱は、激しい明滅を繰り返した。

 祠の残骸を取り巻くように、赤熱する溶岩抗が20個、出現。

 そして、現れた時と同様に、唐突に、一斉に、消滅した。


 突然の「光の静寂」の中で、誰かが呟く。

「あれを見ろ!」

 白いポッドが1台、夕焼けの中を降下してきた。

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