第9章:神託の儀式

第9-1話:直訴

「テロンが燃えた日」――首都テロンガーナでの短い戦役は、後世こう呼ばれることになる――の後、マルガリータは神託の儀式の内容を、テロン政府と話し合うことになった。


 マリウスは、ドゥルガー家の関与も、マルガリータの地上派遣も認めなかった。

 そのため、交渉はファントゥ家を介して行われることになった。


 機動歩兵がファントゥ家の大陸に降下。詰所の建物も降ろして、拠点を設営。

 そこでテロン側の担当者をポッドに乗せて、衛星軌道にいる駆逐艦キスリングに連れていく。

 これを連日、繰り返すことになった。


 担当者は、テロン宇宙軍の中年の佐官だった。場所をファントゥ家に移しても、宇宙のことは宇宙軍が仕切っていた。


 キスリングの会議室にて。

「過去に行われた神託の儀式を、今回も踏襲したい」

「どんな内容ですか?」

「大まかに申し上げれば、神託の月から『大いなる光』が降り注ぐ、というものです。

 そして今回の肝は!

 儀式の様子を、大々的に放映します!」


「奇跡のリアルタイム中継ですか!?

 みなさん、信じてくれるでしょうか?」

 貧富や教育の格差が大きいとはいえ、テレビ放送もあり、宇宙船を飛ばすほどに文化レベルも高い。


「大丈夫です。録画映像を繰り返し、繰り返し放映しますから。

 更に、学校教育に組み入れ、幼少から覚えさせます。

 1年で常識に。10年で規範に。

 百年たてば、ゆるぎない真実になります!」

「はぁ」

 真実ってそういうものだっけ?

 マルガリータは、曖昧に首肯するしかなかった。


          **


 担当者が帰った後、詰所に訪問者があった。

 拠点を取り囲む、地元の警備をすり抜けて、入ってきたらしい。

 上着のフードを目深にかぶっている。歩いて息があがったのか、あるいは緊張のためか、汗ばんだ赤ら顔がチラリと見える。


「おいコラ、何だお前!」

 飛び出したギリクに、首根っこを押さえられた。


 右足の再生が終わるまで、治療休暇だぜ、と思っていたのだが。

 機械式の義足を支給されて、任務と訓練に戻されてしまったので、機嫌が悪い。


 義足は既製品なので、足の長さが微妙に揃わず、歩きにくい。

 骨盤の歪みで、腰痛を引き起こしかねない。

 だが、「1年も寝て過ごしてたるんだ奴は、歩兵に降格だ!」と言われ、そんなのは嫌だと、義足を受け入れた。

(肉体的な負担を減らす配慮は、なされている)


 取り押さえた人物は、腹の出た肥満体。

 毎日の鍛錬が義務の「星の人」にとって、弛んだ肉体は怠惰の証でしかない。

 

 粗雑な機動歩兵であっても、さすがに相手が豪華絢爛な服を着ていれば、「もしかして大事にしないといけない?」と気づくのだが(ダハムが好例)。

 この人物は無地の地味な服を着ていた。


 はねのけたフードの下には、怯えた赤ら顔。髪は短いので、士官でもない。

 つまり機動歩兵にとって、敬意をもって遇する理由が一つもない。

 両側から抱えるように連行し、詰所の一室に投げ入れた。

 そして、訪問者ありと、マルガリータに連絡した。


「ちょっと! リークァイじゃないですか!」

 マルガリータ、送られてきた画像を見て驚く。


「乱暴なことしてませんか?」

 ギリクも同僚も、額やこめかみに指を当てて記憶をたどる。

「殴ってない」「蹴ってないぞ」「乱暴してません」

「あー、分かったから。エスリリスに連れてきてちょうだい」

 マルガリータは既にエスリリスに戻っていたので、そちらに上げる。


 リークァイが到着すると、マルガリータは食堂に案内した。

 こちらの方がお茶や軽食を出せて良い、という判断だった。

 リークァイとしては、周りに人がいて落ち着かないが、文句を言える雰囲気ではない。


「それで、当主自ら、何の御用ですか?」

 お茶を出し、どら焼きを勧めてから、聞いた。


「儀式のことで参りました。

 過去と同じようにやるのでは、不十分なのです。

 ドゥルガー家の、特別な権威を剥奪しなければなりません。

 貴族20家が対等な、真の貴族共和制を樹立しなければ、約束は守られない」


「アニクとその後継者が約束を破ろうとしたら、止められないんですね?

 うーん。

 でも、『大いなる光』で、そんな複雑なメッセージ、伝えられますか?」

「マルガリータ様が、皆の前でビシッと宣言してくださいよ」

「それで説得力ありますか?

 そもそも、そんな大それたこと、私に出来ると思いますか?」

「うーむ」


          **


 その時、通路で声がした。

「司令! その恰好ではダメです」

「なぜ? 上も下も着てるぞ」

 マルガリータは、食堂の出入り口に飛んで行った。

「失格!」と宣言する声が聞こえた。


 しばらくして、黒い軍服を「びしっ」と着たマリウスが入って来た。タカフミが続く。

「リークァイ、来ていたのか」


 リークァイ、絶句して固まる。口からお茶がこぼれ落ちるのも気づかない。

「あ、あなたは・・・」

 震える指でマリウスの顔を指す。


「またそのパターンか、もういい」

「ぜひ、あなたから、あなた様から、新しい神託を下してください!

 このリークァイ、そして私に連なるものは、身命を賭して神託を実現させます!」

「神託ということは、女神の役をやれというのか?

 しかし、私には無理なようだが?」

「そのお顔があれば! 首から下は何とかしますから!」

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