第7-8話:旗艦②―欲しいものリスト
ノックして私室に入ると、マルガリータがマリウスの髪を乾かしていた。
マリウスが、すんすん、と鼻を鳴らす。
「ビールを飲んだな? これは・・・アビスビールか」
「匂いだけで、よく分かりますね」
マリウスは、美味しい/不味い、香ばしい/不快、といった感情を持たない。
そうした感情を、想起する経路が、無効化されているからだ。
しかし、感覚そのものは、味覚も嗅覚も極めて鋭敏で、分解能も異様に高い。
タカフミは、軍団長から、「鎧」の申請を認めると言われたことを伝えた。
「それはいいな。鎧があれば、タカフミの活動範囲も広がる。
ついでに、マルガリータの分も、申請しよう」
「えー、私はいいですよぉ」
そんな装備を持っていると、かえって危険な目に会う気がする。
「いつまでも、他の隊員の装備を借りる訳にはいかないだろう。
私のでいいのか?」
「ちゃんとサイズあったものを頂きます!」
胸の痛みを思い出しながら、マルガリータは了承した。
「そうだ。タカフミのビールは、まだあるのか?」
「さっきのが、最後の一本でした」
「私のカロリーバーも、なくなってしまった」
「かなりの量、まとめ買いしてましたよね?」
「テロンと合意が成立した時に、祝う気持ちで食べたら、止まらなくてな・・・」
美味いと感じる部分の「封印」に、若干の綻びがあるらしく、
傍から見ると「なんでこんなものを・・・」と思われる食べ物に、異様に興奮することがあるのだ。
「じゃあ、また、地球に買いに行けばいいですよ」
こともなげに、マルガリータが言った。
**
「テロン政府が略奪を停止したので、任務に一区切りついた。
この機会に、艦隊休暇を取ろうと思う」
エスリリスでの士官会議で、マリウスが言った。
「ブラック艦隊とか、言われたくないからな」
「もう2年半も船上暮らしだ。既に真っ黒だ」
ジルが突っ込みを入れる。
ジョセフィーヌと、砲艦タキトゥスの艦長ネスタは、オンラインで参加。
ネスタは、真面目そうな顔に眼鏡をかけていた。タカフミは、眼鏡をかけた「星の人」を初めて見た。髪はグレーがかった茶色で、ベリーショート。慣習に反して、全く伸ばしていない。緑色の上着越しにも、胸のふくらみがはっきり分かる。
「休暇はどこで?」とネスタ。
「下賜された拠点惑星だ」
「居住可能になったばかりで、何もない星だろう?
何をして過ごすんだ?」
ジョセフィーヌもネスタも不満そうだ。
「自分の拠点惑星を開拓しろ、と言われている。
いずれ、必要になることだ」
兵士には拠点惑星の土地が支給され、退役後はそこで暮らすことになる。
「最初に、簡単な居住施設を建設する。
休暇後も部隊の一部を駐屯させて、周囲の開拓を進める」
“星の人の高級指揮官は、軍政官でもあるんだな”
タカフミが感心していると、今度はマルガリータが口を開く。
「その前に、地球に寄りましょう。
地球の娯楽チャネルを見たい、という声が、多数あがっているんです」
「そんな、いつの間にファンが?」
「駅建設の際に、堂島と一緒に見てたんですって。続きが気になると」
「へぇ。堂島が?」
どんなタイトルなのか、気になった。
「食事はどうするんだ? 艦の食事は、さすがに飽きたぞ」
両艦の食事は、日替わりではあるが、全員同じメニューだ。
好きなものを注文できるエスリリス食堂が、異例なのだ。
「牧場を作って、牛を育てましょう。高級牛肉を!」
「牛はどうするんですか?」
「黒毛和牛のクローンを量産します」
「そんなことが出来るんですか!?」
「ええ」不敵な笑みを浮かべるマルガリータ。
「牛って、育てるのに何年かかるんだ?」
ジルが聞く。
「え? そういえば、どのくらいかしら?」
「肉牛だと、3年くらいと聞いたことがあります」
「それじゃ、全然間に合わねーだろ!」
「分かった。娯楽も食材も、地球で買っていく。
それから拠点惑星へ行く」
「調達なら私に任せろ!」
ジョセフィーヌが胸を叩く。
ジョセフィーヌ以外の全員が、この人に任せて大丈夫かな、と心配になった。
「安心しろ。いざとなったら責任はとる。マルガリータが」
「じゃあいいか」
「良くないです! 一緒に調達しましょう、ジョセフィーヌ」
「可愛い後輩に指導してやるか」
「ついでにカロリーバーも買って来て欲しい」
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