第7-7話:旗艦①―軍団長
探索艦隊は、クロード領のある、女神の星恒星系に移動していた。
この先、「駅」を利用して、長距離のワープを行うためだ。
「テロン政府が、略奪停止を受け入れたのか」
マリウスとマルガリータの前に、軍団長のゴールディが座っていた。
がっしりとした体躯。分厚い胸板。皺の走る顔。鋭い眼光。
髪は短く刈り込まれているが、ジルと同じように、一房だけを長く垂らしている。
実体ではない。会議用のホログラムだ。
「一人の怪我人も出さず、か。お前にしては、よく我慢したな、マリウス」
そう言って、少し目を細めて、マリウスを見た。
地球では、数名に重傷を負わせている。
艦隊の指揮を執る者が、そんな危険に身を晒すなと、口を酸っぱくして言い聞かせてきたが、ようやく、分かって来たか。
全く戦う機会が無くて、マリウスは欲求不満だったが、そういった感情も表に出ることはない。
淡々と「はい」とだけ答えた。
「何か問題は発生していないか?」
「ありません。マルガリータが5キロ太った以外は」
マルガリータは、「余計なこと言わないで」という風に顔をしかめた。
ゴールディは、手元の空中ディスプレイを眺めた。
「小惑星で『平和的に本気を示す』というのは、お前が考えたのか?」
「いえ。タカフミです。観戦武官の」
「地球での建設で、協力してくれた人物か。ふむ」
顎に手を当てて、何か考えている。
「了解した。ご苦労だった。
1年後に、テロンを再訪問して、略奪していないことを確認しろ。
その後の監視は、次回の視察結果をもって、判断する」
ビデオ通話、終了。
**
タカフミは自室で、「観戦日誌」をつけていた。
自分が見聞きしたことは、なるべく細かく、記録することにしていた。
クロード領や惑星テロンでの出来事も、駅の様子や、カーレンの曳航力まで、なにもかも、貴重な情報だ。
腕輪から写真を転送して、それも貼り付ける。
その時、ピポン、と音がした。
「エスリリスか? どうぞ」
応答すると、銀髪の少女が現れた。愛想はない。対人コミュニケーション用のアバターなのだから、もう少しフレンドリーでも罰は当たらないと思うのだが。
「艦外からビデオ通話が入っています。まもなく接続します」
受信しますか? ではなく、回線接続の通告だった。
誰だろう? と身構えていると、がっしりした体躯の人物が現れた。
雰囲気からして、軍の高い地位にいる人のようだ。
「君がタカフミか?」
「はい」
「仕事中に失礼する。
私は501軍団の軍団長、ゴールディだ」
「お初にお目にかかります」
「地球駅の建設で協力して頂いた。感謝している」
「自分も、建設に参加できて、嬉しく思っています」
「そうか」
じっとタカフミを見つめる。
「テロンとの交渉にも参加したそうだな。
交渉の進め方について、観戦武官としてどう思われたかな?」
タカフミも、ゴールディを見つめ返した。
なぜ、自分に通話してきたのだろう?
「もう少し、交渉の『型』が用意されていると、良いのでは、と考えます」
「どういうことか?」
「今回は、こちらの要求を示すのが、少し早過ぎでした。
要求が略奪停止と知ったテロン側は、明らかに、時間稼ぎに走っていました」
時間稼ぎの接待に、たちまち絡めとられたマルガリータも、問題だが。
「まずは、相手の政治状況や、文化、宗教などの背景情報を探る。
そのためには、どのように接触すべきか。
そうした活動が、型として例示されていれば、それを参考にして動けたのではないか、と思うのです」
「なるほど」
そしてゴールディは、少し笑った。
「君は興味深いな」
「どういったところでしょうか?」
「立派な
帝国市民なら、間違いなく機動歩兵になるだろう。
それでいて、艦隊派のように礼儀正しく、情報軍のように、考えている。
非常に、興味深い存在だな、君は」
ディスプレイの向こうで、身を乗り出した。
「君の上官の、マリウスだが、
あいつは今後、もっと重要な任務を帯びる。
つまらない場所で道を踏み外さないように、協力して欲しい」
「道を踏み外す、とは?」
「我々の兵士が――帝国市民が――死んだら、帝国は必ず報復する。
絶対的に復讐する。
復讐が復讐を生んで、結局は殲滅戦になることが多い。
そんな戦いに、マリウスの時間を割くわけにはいかん。
無用な流血を避けるために、君の知恵を貸して欲しい、ということだ」
「了解しました」
「それともう一つ。はっきりと言っておく」
太い指で、タカフミを指した。
「マリウスに、乱暴するなよ」
・・・どういう意味で言っているのか?
「上官への暴力は、懲罰を受ける。
もし、血が流れたら、反逆罪になる。
観戦武官でも、例外扱いはしない。
そこはちゃんと認識しておけ」
そういうことか。
もちろん、タカフミは、暴力に訴えるつもりはない。
というより、勝てる気がしない。
瞬殺されて、地面に横たわる自分の姿が脳裏に浮かんだ。
「ちなみに、反逆罪の刑罰は、どのようなものですか?」
「お前を挽肉にする」
さらっと怖いことを言った。
「まあ、挽肉といっても、ミキサーに放り込む訳ではない。
金属製の鞭で叩くんだ。
その後も軍務は続けられる。
生きていれば、だが」
「・・・肝に銘じます」
ゴールディは、太い腕をデスクに置き、頬杖をついた。
「『鎧』に興味はあるか?」
「はい。あります」
「では、マリウスに頼め。
配備申請があれば、承認する。
ニヤリと笑う。
「ありがとうございます」
ゴールディは頷く。そして通話終了。
**
タカフミは、どっと疲れを感じて、椅子の背にもたれた。
私物の中から、ビールの缶を取り出す。
「最後の一本か・・・」
喉に流し込む。
そして、今聞いたことを話すために、マリウスの私室に向かった。
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