第7-9話:地球①―堂島、妄想する
航宙自衛隊の堂島1曹は、種子島の軌道エレベータを見守っていた。
軌道エレベータは、人工重力発生装置で昇降する、鉄板である。
衛星軌道まで、貨物を運び上げることが出来る。
「駅」建設のために、「星の人」によって、ロケット発射場の一角に設置された。
今、大量の物資が、鉄板の上に、運び込まれていた。
堂島は、小脇一尉(=タカフミ)と共に、小惑星アウロラ(=後の「地球駅」)に、トンネルを掘る仕事に従事。
駅の建設が終わると、トンネル掘削の機械と共に、地球に戻った。
そして「星の人」の艦隊は、襲撃者を追って、慌ただしく出航。
“もう会えないのでしょうか・・・マリウス様”
寂しさが胸を締め付ける。
トンネル掘削をしていた時は、ちょくちょく顔を眺める機会があった。
なのに、あの美しい方は、遠く離れた世界に旅立ってしまった。
だが。寂寥感よりも、怒りの方が上回っていた。
小脇一尉が、「観戦武官」などという立場で、艦隊に同行したからだ。
“なんで、小脇一尉だけ? ていうか、観戦武官って何!?”
釈然としない気持ちを抱えながら、建設の事後処理、雑務に追われる毎日。
そうしたら、半年後。マルガリータが、ひょっこりと戻ってきた。
「今から降りますね~」
国家主権や航空管制を、まるで理解していないような呑気な口調で、ロケットセンターに通告した後、白いポッドで降りてきた。
これまでの行きがかりで、すっかり「星の人」担当となった堂島が出迎えると、 ポッドから、「女優か!?」と見紛うような美女が出てきた。
背中まで伸ばした銀髪をなびかせている。
にっこり笑うと、握手してきた。
プラチナブロンドのマルガリータと並んで立つと、陽光が髪に反射して、目がつぶれそうだと堂島は思った。
これまで「星の人」は、政府関係者とは頑なに面会しなかった。
ところが今回は違った。ジョセフィーヌを連れたマルガリータは、日本政府及び、各国大使と相次いで面談したのだ。
何をどう話し合ったのか、全く公開されないので分からないが、結果、大量の食材が、こうして軌道エレベータに運び込まれている、という状況だった。
**
貨物の固定が終わると、鉄板中央の装置が起動。燐光を放ち、エレベータがゆっくり上昇を開始する。
堂島は、ポッドに乗せてもらい、衛星軌道へ。
軌道エレベータと共に、エスリリスの格納庫に到着した。
「お久しぶり、堂島!」
『みんな、元気だった?』
顔見知りの隊員が、声をかけてくれた。片言の日本語と帝国語で会話する。
「検品する。船の中、見る、オーケーよ」
『嬉しい』
という訳で、エスリリスの中を見て回ることにした。
人工重力が働いていて、普通に歩ける。
エスリリスには何度か来たことがあったが、主にマルガリータの作業場兼倉庫にいたので、他の場所はあまり知らない。
歩き回っていると、引き戸のドアの前に、筋肉質の大きな後姿が見えた。
栗毛のピッグテールが一房、後ろ頭から下がっている。
「あ、ジル隊長!」
声をかけると、振り向いた。腕の筋肉がすごい。
空手少女な堂島は、鍛え上げられた肉体を素直に尊敬した。
小脇一尉もけっこう鍛えているのだが、なぜか尊敬する気になれない。
「お! 堂島じゃないか。久しぶりだな。搬入か?」
「はい。軌道エレベータで荷物を運んできました」
「ご苦労さん。よかったら風呂を浴びていいぞ」
そう言って、ドアの向こうを指さした。
「あの、お風呂って、ここだけなんですか?」
「ああ」
「士官用とか、個室のシャワーとかは、ないんですか?」
「エスリリスにはないな。風呂はここ一つだけだ」
ちなみに、堂島がトンネル掘削していた時は、詰所の個室シャワーを使っていた。
“一つだけ? ということはマリウス様も、他の女の子と一緒に入るってこと?”
堂島は、マリウスは実は男だ、と信じている。
というよりも、マリウスは男だ、という妄想世界の中で、生きている。
“はっ!? まさか、女の子がマリウス様の世話を?”
一度、火が付いた妄想は、容易には止まらない。
“自分も世話係に加われば、合法的に触りまくるチャンス!”
「マリウス様は、もう入浴されましたか?」
「マリウス? あいつらなら、1時間くらい後だろう」
遠慮なく使っていいぞ、と言い残して、ジルはドアの向こうに入っていた。
堂島、1時間後に再び風呂へ。
もう入っているかもしれない。確認のため、引き戸を開けて、更衣室に入る。
すると、風呂場の曇りガラスの向こうに、大きな体が見えた。
“もしかしてジル隊長かしら。随分、長風呂だなぁ”
出てきたのは、タカフミだった。
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