第8-10話:追跡⑤ーチャリタの罵倒

「シュリア様! 窓際に立たれては危険です!」

 テロン軍の士官たちは、シュリア(アユーシ)を室内に連れ戻すと、館からの脱出を勧めた。

「敵の攻撃が沈静化した、今のうちに、一刻も早く!」


 逆玉を狙う彼らにとって、シュリアが死んでしまったら、元も子もない。

 本音を言えば、主君であるアニクよりも、シュリアの方が大事だった。

「我々がここで敵を引き付けます。シュリア様は、どうか城へ!」


 目で問うと、チャリタも退避を勧めた。

「シュリア様のおっしゃっていた、『大勢の命』は存じませんが、

 目的を果たすためにも、アニク様のお側にいた方が良いです」


 館で戦う人たちを置いていくのは、気が引けたが、チャリタの言葉に一理ある。

 アユーシは、館を出て、城を目指すと決めた。


 我も我もと護衛に立候補する士官たちを、チャリタが牽制した。


「護衛したら、かえって目立ちます!

 大体、アニク様の車列だって、

『重要人物が逃げますよ』と宣伝するようなものでした!

 私だけで充分です」


「しかし、それでは、万が一ということが・・・」

「くどい!」

 チャリタの一喝に、士官たちは固まった。


「このぼんくらの阿呆どもが!」

「血筋だけでただ飯くってる穀潰しが!」

「世間知らずのお子様が!」

 ひとしきり、罵倒した上で。

「あなたたちは、ここで敵を引き付けるって宣言したばかりでしょう!

 舌の根も乾かないうちに、前言を翻し、家名を汚すでない!」


 まるで、怒鳴りつけるのが生得の権利であるかのように、自信と迫力にあふれた罵倒だった。


 アユーシは、さすがに士官たちが可愛そうになった。

「敵を撃退して、平和を取り戻したら、祝賀会をやりましょう。

 みんなを、招待しますから」

 この一言で、やる気が戻った。


「ああ、そうですね。ではシュリア様の温情に感謝して、

 誰が殉死したか分かるように、そこの紙に名前を書いておきなさい!」


          **


 チャリタは、アユーシと共に自室に行き、クローゼットから短機関銃を取り出す。

 それを抱えて、館の庭にアユーシを連れていく。


 消火設備の小屋。内部の機械の扉を開けると、地下に道が続いていた。

「これは抜け道!?

 チャリタはどうして知っているの?」

「アニク様から、シュリアの世話をするように、いざという時は守るように言われてます。脱出経路なども、教えて頂きました」

 コンクリートの通路をしばらく進むと、木と土の古い間道に繋がった。


「チャリタは、ああいう、身分の高い人たちが嫌いなの?」

 先ほどの、激しい罵倒を思い出して、聞いた。

「自分の家名や、一族の歴史に誇りを持つことは、良いことです。

 それを、力と勇気に、変換できるのであれば。

 家名に胡坐あぐらをかいて、何もしない男どもは・・・大嫌いです。

 男に生まれて、何でもできるのに・・・それを活かさないボンボンは、大嫌い」

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