第8-8話:追跡③ー漆黒にして甘美なるもの
車列の追跡と並行して、ジルは館への包囲を狭めていた。
アニクが館に隠れているのであれば、身柄を確保するためだ。
今回の作戦は、マルガリータを救出しただけでは終わらない。
アニクを確保し、これ以上の戦闘を中止させ、
更に、略奪停止の合意を、確実なものにしなければならない。
自律型のドローンが館内に突入し、館内の様子を撮影する。
素早く飛び回るので、撃ち落とせない。
待ち構える兵士の位置を特定し、レーザー歩兵銃で、排除していく。
「星の人」の歩兵銃は、音を立てない。
だが、擲弾筒から断続的に榴弾が撃ち込まれ、館は激しく揺れ動いた。
**
その攻撃が、止んだ。
思いがけない静寂が広がる。
不思議に思ったアユーシは、恐る恐る窓際に近寄って、外を見た。
空を見上げると、何か白いものが見える。
奪い取った制空権を誇示するかのように、3台のポッドが、悠然と降りてきた。
「今度は何なの?」
これ以上、何を降ろそうというのか。
**
マルガリータたちは、首都テロンガーナの郊外、森林公園に立て籠っていた。
エスリリスが、遮蔽物の鉄板を降ろしてくれたので、それを周囲に展開。
中央には、「詰所」と呼ばれる、2階建て建物も降下。それほど頑丈ではないが、むき出しで突っ立っているよりは心が落ち着く。簡単な食堂機能もある。
包囲するテロン陸軍は、目に見えない力で、先陣が押し潰されるのを見て、動けずにいた。
既に、テロン側の砲兵陣地の位置も判明している。
ブリオは反撃を進言したが、マルガリータが却下した。
戦線が膠着した今、戦火を拡大すべきではない。
これ以上の犠牲は抑えて、停戦に持ち込む考えだった。
そこに、灰色のカプセルが降りてきた。
無人の貨物輸送用である。
「中身はご存じですか?」
ブリオが、カプセルを指さして質問する。
「ええ。私が手配したのだから」
そしてマルガリータは、艶然と微笑んだ。
「私、知ってしまったの。あの漆黒の、甘美な力強さを・・・」
**
アニクの館周辺。着陸したポッドの前で、下士官が叫ぶ
「1人1箱だ。いいか、孤立するなよ。周囲への警戒を怠るな!」
野戦用テーブルで戦況を見ているジルに、スチールがマグカップを差し出した。
「ありがとう。もう、こんな時間か」
カップを見る。
「緑茶か」
「コーヒーよりこちらが合うそうで」
**
ブリオが1箱をマルガリータに届け、自分の箱を開ける。
手の平くらいの大きさの、茶色い円盤が3つ入っていた。
「お、これは・・・何でしたっけ?」
マルガリータが、得意げに説明する。
「土岐屋のどら焼き(*)よ。中どら。
しかも、1個は栗どらなの!」
(*)厨房機械による複製品である。
**
タカフミは、ポッドで降下する際、館の窓にテロン宇宙軍の士官を認めた。
“あれは、シュリアじゃないか!”
(ザッカウ-1での出来事は、「アユーシがパッドを使っていた」と解釈されており、2人の入れ替わりは認識されていない)
着地すると、すぐにジルのもとへ向かう。
機動歩兵の一人が、おやつの箱を渡してくれた。礼を言って受け取る。
「アニクとの交渉を手伝いに来た」
ジルは、手招きで引き寄せると、耳元で打ち明けた。
「標的失探だ。アニクを見失った」
逃げた車には乗っていなかったこと、他の2台の乗員も見失ったと告げる。
「まずいな・・・」
「星の人」の人数は限られている。一般歩兵を合わせても300名に満たない。
市街地に潜伏される、という最悪の事態は回避したが、このまま通信も出来ずに戦火が拡大すると、停戦もおぼつかなくなる。
「館に、シュリアがいた」
「シュリア? 誰だっけ?」
「テロン宇宙軍の士官だが、実は、アニクの娘だ」
「そうなのか!?」
「シュリアに、アニクとの停戦交渉を依頼しよう」
ジルは少しの間、じっと考えていた。そしてタカフミを見る。
「危険だが、お前に任せるしかないようだ。
今のところ、こちらは怪我人だけで、死者はいない。
だが、戦死者が出れば、うちの国は必ず報復する。
報復は報復を呼んで、いずれ、殲滅戦になるだろう」
「正規軍と戦うのは、定めと割り切っている。迷いはない。
でもな、逃げまどうのを狩り立てるのは、あれは、
正直、後味が悪いんだ・・・」
ジルは、麦畑の光景を思い出していた。最初に地球に来た後。初めての前線。
あれはもはや、戦闘ではなかった。一方的な虐殺だった。
「だから、何としてもアニクと話をつけて、停戦に持って行きたい」
「分かった。すぐにシュリアに会いに行く。
見たところ、小休止しているようだが、どのくらい休むんだ?」
「おやつ休みは、軍の伝統なんだ。
せいぜい30分だが、理由をつけて1時間、止める。
その間に、どうかアニクと繋いでくれ」
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