第8-6章:脳内補完

 ブリッジにいるマリウスに、エスリリスが告げた。

「軍団長からビデオ通信です」

「わかった。司令室で受ける」

「直ぐに繋げと言われてます。繋ぎます」

 軍団長ゴールディの姿が投影された。


「マルガリータが包囲されたそうだな。

 作戦は任せる。だが一つだけ聞いておく。

 都市を壊滅させようとしてないか?」


「してません」

 マリウスは無表情で答える。

 内心、「うわ、なんで分かったんだろう?」と思っているが、表情には出ない。

「大規模砲撃していないか?」

「救出作戦に、最低限必要な攻撃に限定してます」


 ゴールディはマリウスをじっと見つめた。

 マリウスにも感情があり、動揺することもあると承知している。

 そうした感情が一切、表情には出ないことも。

 よって、これ以上の観察は無意味だ。


「救出後、すみやかに停戦させろ。そのために必要な手を打て」

「了解しました」

「それと。お前自身が出張るのは禁止だ」

 そう告げて、軍団長は通信を切った。


 横で聞いていたタカフミが申し出る。

「自分が行きます。アニクとは、神託の月で面識がありますから」

「頼む。タカフミの鎧が届いている。それを着ていけ」


 2人で格納庫へ行く。マリウスが鎧の装着を手伝ってくれた。

「ジルがアニクを確保しようとしている。

 直接、会話したい。手配してくれ」


 そこに堂島が入って来た。

「何ですか、その鎧みたいなのは?」

「堂島! お前、なんでいるの?」


 堂島は、自分の肩を抱くようにして、頬を赤らめた。

「マリウス様が、私とずっと一緒に居たいっておっしゃるので」

「そうなんですか?」

「ああ」

 一緒に来てくれ、と言った。否定する理由はない。

「で、私はどうすればいいでしょう?」

「司令の指示に従ってくれ」

 タカフミ、ポッドで地上に降下していく。


「いいなぁ、あの鎧。もしかして、私の分もありますか?」

「機動歩兵は出払っているから、私のしか残っていないぞ」

「ええ!? マリウス様の?」

 堂島が想像したのは、剣道防具だった。それも、使用済の。

「それ、着せてください、ぜひ着せてください!」

「・・・なぜ?」


「ええと。それを着て、敬愛する小脇一尉、いやタカフミさんを、手伝いたいのです! 自分も同じ航宙自衛隊でありますから!」

「では、使用を許可する。この後、貨物輸送があるから、それに乗るといい」

「ありがとうございます!」


 鎧を装着した堂島は、鼻腔いっぱいにマリウスの体臭を感じていた。

「はぁ・・・マリウス様に包まれている気分・・・幸せ・・・」


 マリウスは、仕事や任務は、きっちりと実行する。戦闘に関わることには、極めて熱心。当然ながら、鎧も、きちんと整備・清掃してあった。

 有機物を分解する、強力な洗剤があり、匂いなども一切、残っていない。


 しかし堂島は、その妄想力で、マリウスの体臭を脳内補完していたのだ。


 恍惚とする堂島を不思議に思い、隊員たちが質問する。

「どうしたの?」

「マリウス様の匂いがするの」


「マリウスの鎧、におうんだって」

「そっか・・・」

 そんなはずはない、と誰も思わないのは、日頃の行いという奴である。

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