第8-5章:追跡①ーアニクの館

 機動歩兵に続いて、一般歩兵が「バケツ」に乗って、アニクの館周辺に降下。


 バケツは、「星の人」のあらゆる地上作戦に登場する、エアカーである。

 攻撃力はない。防御力もほぼない。普通自動車程度の鋼板で出来ている。

 車体が軽く、とにかく良く走るので、「星の人」の征くところ、どんな所でも現れて、様々な用途に活用されている。


 ユジンの腕輪が鳴った。応答すると、ジルの顔が現れる。

「標的が逃げた。追跡してくれ。

 機動歩兵が前方に降下している。

 生け捕りが目的だから、無理に攻撃するな。接触を保つのが最優先だ」

「了解です。

 あの建物は、もう占領したんですか?」

「まだだ。ただ、今のところ抵抗の様子がない」


 ユジンたちが、アニクの館の前を通り過ぎようとすると、銃撃を受けた。

 慌てて車外に飛び出し、バケツを横倒しさせて隠れる。

 小銃弾は、バケツの車体を貫通してしまう。

 底の部分だけは頑丈なので、ここを盾にして、身を守るしかない


「隊長~。撃ってきました」「あれ?」

 ジルが館を見ると、さっきまで誰もいなかった屋上に、数名の兵士が腹ばいになり、盛んに発砲している

「なんだ。急にやる気、出しやがったな」


 車道を挟んで、館に対面する位置に、見張り台のような、細長い建物があった。

 防衛上の重要拠点であり、兵士が配備されていたが、

 自律型の偵察ドローンを突入させると、逃げ出した。現在は無人。

 ただし、エレベータはテロン兵に破壊されている。

 ジルは、ギリクとハーキフに、見張り台からの狙撃を指示した。


「跳ぶぜ。あの辺まで。あとはワイヤーを使う」

「はい」

 一瞬、重力を相殺して、大ジャンプ。最上階近くまで跳び、ワイヤーを射出。

 ギリクは壁に取りつくと、するするとワイヤーで昇り、狭い窓枠をくぐって、最上階に降り立った。


 携行可能な人工重力発生装置が、彼女たちを「機動」歩兵たらしめる、真髄。

 自分自身の機動だけでなく、障害物を移動させたり、敵を吹き飛ばすのに使う。

 運用の要は「節電」である。発動には莫大な電力を消費するため、効果的な使い方をしないと、いざという時に使えなくなってしまう。

 最上階まで、ずっと無重力状態で登るような使い方は、許されないのだ。


 ハーキフは、ワイヤーにぶら下がって、壁に派手にぶつかり、体が大きいので窓枠をくぐるのに四苦八苦し、頭から床に落ちてしまった。

 それでも、「痛た・・・」などとは言わず、すぐにギリクの横に移動して、館を視界に収める。


 館の屋上の兵士が、盛んに撃っている

「撃ちますか?」

「少し待て」

 ギリクは屋上を観察。煌びやかな服装の男がいた。肩の金の飾りが輝く。

「士官です、狙って下さい、と言わんばかりだな」

 ちなみに「星の人」は、士官も兵士も、服装は変わらない。徽章の類もない。


 敵士官は、兵士の背後、地上から狙われない位置を歩き回り、それから更に後ろに下がって、何か喚く。これを繰り返している。

 ギリクは、歩兵銃の出力を下げる。

「なんで出力を下げるんですか?」

「その方が、派手に騒いでくれるからさ」


 士官が喚いた所で狙撃。

 士官の腹が白く光り、それから燃え出した。

「何だ? うわぁ! 熱、熱い!」

 通常出力で撃つと、この距離なら即死する。

 一気に炭化し、可燃物が残らないため、ほとんど炎も上がらない。


「水だ水を持ってこい!」

 士官が喚いている。足も撃つ。燃えながら倒れる。

「あいつらはな、多分、士官と兵隊で、食うもんも違うぜ」

「え? なんでですか?」

「理由は知らん。

 ああいう、士官だけきれいな格好をしている軍隊は、飯も差別するんだ。

 士官は肉あり、兵はパンだけ、とかな」

「へぇぇ。それはやる気なくしますね」


 壁際の狙撃兵の1人が、士官を助けようとする。

「狙撃兵か。手は残してやるぜ」

 足を打ち抜く。

 更に、水を持ってきた兵士を発火させると、屋上の兵士は逃げ出した。

 数名が恐る恐る、倒れた狙撃兵に近寄り、引きずっていく。

 燃える士官は、放置された。


「今だ。バケツを起こせ」ギリクが合図。

 ユジンたちは、バケツを戻すと、飛び乗る。

 全員が「掴まった」と叫ぶ。ユジンが発車を指示すると、浮き上がり走り出す。


 本来は、全員がシートベルトをかけないと動き出さないのだが、歩兵たちはベルトを細工していた。

 少しでも早く走り出したいし、姿勢も低くしたいからだ。

 戦場を生き抜くための、現場の知恵である。


 2台目のバケツが続こうとしたが、銃撃で阻止される。

 2階、3階から撃ってきたのだ。バケツの陰に隠れる。

「さっきまで死んだようだったのに、急に元気になりましたね」

 とスチール。

「アニクの居場所が分からないと、迂闊に爆破できないな」

 車列が陽動の可能性もある。車列を追いつつ、館も制圧するしかない。

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