第8-4話:爆上がり

“はぁ~。これ、美味しいなぁ”

 アユーシは、屋台で食事を取っていた。


 アニクの館にいても、仕事がある訳ではない。

 クロード領のことや、ザッカウ-1のこと、シュリアのことが、あれこれ気にはなるのだが、なにせ数光年の隔たりがある。どうにもならない。

 チャリタと連れ立って、外で食事する日々を続けていた。


 レストランでの食事も良いが、アユーシはやはり、屋台通りがお気に入り。

 様々な色どりと香りが、混然と混ざり合う雰囲気が、好きだ。

 軍服姿だが、他の軍人と違って礼儀正しく、その上に金払いもいいので、店主たちとも常連客とも、すっかり打ち解けていた。


 今日の昼食は、鶏肉をヨーグルトに漬け込んで焼いたもの。

 肉はほろほろと柔らかい。味付けはスパイシーだが、ヨーグルトのおかげでまろやかな風味を出している。

 コロニーでは、肉など滅多に食べられない上に、たまに出てくる肉は、単純に火を通しただけ。

 こんな風に、手間暇かけて作られた料理が、とても新鮮だった。


“できることなら、この屋台ごと持ち帰って、皆に食べさせてあげたい”

 そんなことを考えながら、食べていると。

「シュリア、見て!」

 向かいに座ったチャリタが、声を上げた。

 それから「ごほん」とわざとらしく咳払いし、

「シュリア様、あちらをご覧ください」

 と言い直した。

 人前では、従順で礼儀正しいメイド、に見えるよう、心がけている。


 アユーシが振り返ると、遠くに、光の柱が見えた。

 その根元から、巨大な黒煙が一気に吹き上がり、

 しばらく間をおいて、雷鳴のような爆音が響き渡った。


「何だろう?」

「空港の方向です。燃料が爆発したか、弾薬か。あるいはその両方でしょう」

 チャリタが立ち上がる。

「シュリア様、急いで館に戻りましょう。嫌な予感がします」

「え!? でもまだ、食べ終わっていない」

 食べ物を残すなんて。

 コロニーでそんなことをしたら、裸で宇宙空間に投げ出されるか、リサイクル槽に放り込まれかねない。

 チャリタは舌打ちして、店主から容器を受け取り、鶏肉を手早く詰めた。

 そして、引っ張るようにアユーシを立たせて、館に向かう。


 しだいに、通りを歩く人の数が増え、周囲の喧騒が大きくなった。

 最後は、人混みをかき分けるようにして、大通りを通り抜ける。

「おい、あれは何だ!?」

 叫び声につられて見上げると、上空に現れた、黒い鯨のような船から、

 人の形をしたものが、次々と飛び出して、館の方に降りていくのが見えた。


          **


「シュリア様、ご無事で!」

 館に飛び込むと、執事が走り寄ってきた。

 小声で、耳打ちしてきた。

「アニク様はお城へ向かわれました。シュリア様も、早く避難を!」


 館の中は騒然としていた。

 郷士や有力家出身の士官は、おろおろと彷徨ったり、怒鳴り合っている。

 混乱に紛れて、絵画や骨董品を運び出す者もいた。


 上空の黒い艦と、降下する人影。あれは「星の人」に違いない。

 アニクを追っているのか。このままでは、捕まってしまうだろう。

“アニク様が死んだら、クロードの民を受け入れてもらえない”

 それに、ようやく出会った父を、守りたい気持ちもあった。


「みんな! あいつらを足止めしよう」

 声をかける。皆一斉にアユーシを見た。

 あからさまに反対する者はいなかった。

 しかし誰も、動こうとしない。


「チャリタ、どうしよう。

 詳しくは言えないけど、大勢の命がかかっているんだ。

 アニク様を救いたい。何とか、皆を説得できないだろうか?」

「こいつらは腑抜けです。シュリア様もさっさとお逃げなさい」

「私は・・・父を守りたい」


 チャリタは、じっとアユーシの瞳を覗き込んだ。

 アユーシの決意が揺らがないことを、見て取ると、

「それなら、仕方ありませんね」

 そう言って、皆の前に、アユーシを連れていく。


 背中に手を入れて、ごそごそとやっていたが、

「面倒です。短剣を貸してください」

 今度は短剣を背中に突っ込む。


 周りの連中が「何だ何だ?」という顔で眺めていると、

 ようやくコルセットが下に落ちた。

 いぶかしむ人びとの前で、胸がぼん、と飛び出した。

「女だったのか!?」

 士官たちの目の色が変わった。


          **


 郷士の息子に過ぎないシュリアが、特別扱いされるのを見て、周囲の人間は皆、「これは、アニク様の隠し子かな」と思っていた。

 長い間、アニクには子がいなかったので、「将来、ドゥルガー家の家督を継承するかも」という期待もあった。


 しかし、夫人との間に嫡子が生まれると、直ちに立太子が宣言され、継承の可能性は消えた。

 身分も、一介の宇宙軍士官に過ぎない。

 取り立てて、関係を持とうとは思わない。そんな立場だった。


 しかし女性であれば、話は変わる!


 ドゥルガー家の婚姻となれば、持参金も莫大だろう。

 だが、そんなことよりも!

 ここで姻戚関係を結ぶことが出来れば、

 将来、何かの拍子で(たとえば、後継者が急死する等で)、

 大陸一つが、丸ごと転がり込んでくるかもしれないのだ!


「皆の者、よく聞け」

 アユーシが呼ばわる。

 チャリタが後ろで、台詞を教えている。

「私はここで踏みとどまり、父アニクのために時間を稼ぐ」

 父、とはっきり言った。

「忠義のことばを知る者は、我に従え!」

「おおお!」

 館の将兵の士気が、爆上がりした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る