第8-3話:裁きの天使たち

 繁華街では、屋台の店主が、商売の準備をしていた。

 初夏の昼下がり。気温が上がり、日中は汗ばむことが多くなってきた。

 店の前を掃除し、テーブルや椅子をざっと拭いて回る。

 ふと、目を上げた時。

 大通りで開けた青空に、一筋の「光の柱」が見えた。


「??」

 目をごしごしとこすって、もう一度見るが、「光の柱」はなくならない。

 地上から上空へ。黄色い光が、一直線に伸びている。

 先端は、雲を突き抜けて、更にその上の天空まで続いているようだ。

「なんだ、あれ?」


          **


「光の柱」は、首都テロンガーナの郊外にある、空軍基地の滑走路に、突き刺さっていた。

 音はない。静かに輝いている。

 光の根元で、滑走路が赤熱。

「光の柱」が、ゆっくりと動き、ちょうど、ふうという文字のように、滑走路の表面を撫でていく。

 線に沿って、真っ赤に融解したアスファルトが、流れ出した。


 滑走路がすっかり使い物にならなくなると、光の柱は、航空機の格納庫に移動。

 直径が広がり、輝度がやや低下し、格納庫を包み込むように照らした。

 高熱に驚いた人々が、慌てて逃げ出す。火の手が上がる。


 ぐわーん!!!

 ここで初めて、大地を揺るがすような轟音が響き渡った。

 航空燃料に引火し、爆発。更に弾薬が巻き込まれて誘爆したのだ。

 巨大な黒煙が、もくもくと天に昇る。

 サイレンと悲鳴と怒号が、基地を覆う。

 光の柱は管制塔に移動。こちらもたちまち、炎に包まれた。


 砲艦タキトゥスによる、地上砲撃が、始まったのだ。


          **


 砲艦という用語は、比較的小型で、主に沿岸や河川で活動する軍艦を意味する。

 しかし「星の人」の砲艦は、むしろ「自走砲」(艦)と呼ぶのがふさわしい。

 巨大な大砲に、自分で動けるようにエンジンを取り付けた形だ。


※「星の人」用語は、地球調査官であるマルガリータの翻訳に基づいているため、いまいち実態と合っていない。


 最大有効射程は30au(45億キロメートル)。太陽から海王星くらいまで届く。

 艦隊操典(艦隊戦のマニュアル)には、

「待ち伏せ攻撃により、艦隊決戦前に敵兵力を漸減ぜんげんさせる」とあるが、

 着弾まで4時間以上かかるので、こんな超長距離で使われることはあまりない。


 艦隊後方からの支援砲撃と、惑星や衛星への地上砲撃が、主な任務となる。


          **


「光の柱」が、消えた。

 すぐに現れると、今度は、もう一つの空港に突き刺さった。

 こちらでも、爆発が起こり、黒煙が上がる。


 その後、明滅を繰り返しながら、

 放送局、役所、鉄道駅、主要な幹線道路を、「炙って」いく。


 マルガリータが、食事と文化調査と外交交渉のため、地上を何度も訪問する間に、艦隊派は地上施設を精密に測定していたのだ。


 炙られる時、音はしない。静かだ。建物が吹き飛ぶわけではない。

 だが、中の人間は、たまったものではない。

 異変に気づいた時には、既に火傷を負ったり、衣服が燃え出したりしていた。

 方々で火災が発生する。


          **


 光の柱が、あちらこちらに立ち上り、火災が起こるのを目の当たりにして、首都の住民は恐怖した。

 放送と行政が破壊されたので、何の情報も届かない。

 送電路が焼かれ、大規模停電が発生。

 信号が止まり、あちこちで渋滞が発生。主要な幹線道路が通行不可になる。

 慌てふためいて逃げだすが、どちらに向かえばいいのかも分からない。

 住民が道にあふれた。

 首都テロンガーナは、未曾有のパニックに包まれていった。


          **


 アニクは、館から青空を見上げていた。

“世の中は、思い通りには、いかないものだ”

 自分の身に降りかかった「誤算」を、思い起こす。


 恵みを奪い、責任はクロードの民に押し付けるつもりだったが、その企みは発覚してしまった。

 マルガリータの手勢が、ごく僅かなのを見て、人質に取ろうとしたが、

 包囲部隊は一瞬で壊滅し、ポッドの破壊にも失敗した。


 もちろん、戦場に想定外はつきもの。

 予備兵力として、空挺部隊も用意していたが、

 まさか、航空戦力が、こうもやすやすと無力化されるとは。


“だが、最大の誤算は・・・”

 苦々しい気持ちで、青空を見上げる。


          **


「おい、ありゃなんだ!?」

 逃げまどう群衆の一人が、空を指さす。

「鯨!?」


 エスリリスの黒い艦体が、首都の上空に降りてきた。

 音はない。ジェットの咆哮も、ローターの回転音もない。

 大いなる魚が泳ぐように、ゆっくりと通り過ぎていく。

 その腹の中から、人のようなものが、次々と飛び出してきた。


 一隊はマルガリータの救出へ。

 主力は、アニクの館に向かって、降下していく。


 パラシュートは、開かない。

「天使、なのか?」

 人々は、呆然と見つめる。

「裁きの天使、なのか?」


          **


 アニクは、苦々しい気持ちで、上空から舞い降りてくる、灰色の人型を見上げた。

“地獄の悪鬼どもめ!”


 最大の誤算。

 よもや、自分が逆に、包囲されるとは!


「光の柱」の出現で、首都はパニックとなり、

 逃げまどう住民に阻まれて、陸軍部隊の展開も不可能になっている。


 アニクは、館を捨てると決めた。

「城に向かう」

 侍従と、わずかな兵を連れて、館を出る。

 妻と嫡子の車が、後を追う。

 数台の車列が、背後の丘へと続く道を登っていった。

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