第8章:テロンは燃えているか?

第8-1話:迎賓館①ー焦りのマルガリータ

 マリウスが率いる探索艦隊は、揃ってテロン恒星系にワープアウトした。


 砲艦タキトゥスを、惑星公転面から離れた場所に残し、惑星テロンとの中間地点に駆逐艦キスリングが停泊。

 エスリリスが、テロンの静止軌道へと進出した。


 テロン宇宙軍を経由して、アニクとの会談を要請。

 初回と同様に、神託の月での対面を希望したが、多忙を理由に待てと言われる。

 ならばビデオ会議で、と伝えたが、日程調整中と言われ、たちまち数日が過ぎた。

「そんなに忙しいなら、こちらから行きます!」

 マルガリータは、焦っていた。


          **


 育成師団時代に、銀河系には、たくさんの国があることを知った。

 食事は食堂で、皆と同じものを食べ、

 衣服は官給品で、選べるのはサイズだけ。

 それが当たり前と思って育ったので、

 人々が、思い思いの物を食べたり、着たりしている世界がある、と知った時の驚きは、まさに青天の霹靂へきれきだった。


 情報軍に配属されれば、外国との交渉に従事できる。

 そうすれば、いろんな国の、いろんな料理を食べることが出来る!

 それに気づいてから、マルガリータは、必死で勉強するようになった。

 夢は「銀河の全ての美食を食い尽くす!」。


 理数系は今一つで、戦技はさっぱりだったが。

 幸い、歴史、比較文化学といった文系科目は得意で、特に語学には優れた才能を発揮した。

 結果、念願かなって、情報軍士官になることが出来た。


 だが。情報軍にも、様々な職務がある。

「交渉には向かない」という評価を下されてしまったら、

 絶滅した文明の調査とか、

 散逸した帝国史の編纂とか、

 古の播種船の探索、といった仕事に回され、

「外国の美味しいものを食べる」夢とは、切り離されてしまう。


 何としてもテロン政府には、略奪停止の合意を、履行させなくてはならない!


          **


 マルガリータは、ドゥルガー領に降下した。

 前回と同じく、首都・テロンガーナの郊外の、森林公園。

 首都中央の丘の上には、ドゥルガー家の白い城が見える。


 従う機動歩兵は12名。

 マルガリータとブリオ伍長は、フライトスーツ風の、簡易宇宙服。

 後の11名は、「鎧」を装着している。

 ブリオと機動歩兵2名を連れて、勝手知ったる感じで、迎賓館に入っていく。


 応対した迎賓館の職員は、急な来訪に戸惑っていた。

「アニク様がこちらに向かっておられます。それまでの間、お待ちください。

 すみません。今ですと、こうしたものならご用意できますが・・・」

 戸惑うのも無理もない。街中のレストランとは違うのだ。

 それでも、メニューを渡してくれた。マルガリータには、とにかく食事を出せ、が対応方針になっている。


「ブリオ、これとこれとこれにして、半分こしません?」

「いいですよ」


 昼食を食べ終わり、デザートのおかわりを勧められている時に、アニクがやって来た。マルガリータの向かいに着席する。


「アニク。なぜ略奪を再開したのですか!」

「解せないことだ。

 私は、クロードの民を、この大陸に受け入れることにした。

 彼らは、これ以上、『恵み』を受け取る必要は、ないはず。


 コロニーで、何かトラブルがあったのかもしれぬ。

 あるいは、移住の前に、最後にひと稼ぎ、したいと思ったか。

 いずれにせよ、テロン政府のあずかり知らぬことだ」


「白々しい! ザッカウ-1を操船していたのは、テロン宇宙軍でしたよ!

 ネタは上がっているんです!」

 マルガリータは、左手のパネルをぽんぽんと叩く。

 ザッカウ-1の船内で拘束された、テロン軍人の映像を表示。


 アニクは、心の中で舌打ちした。

“既に撃破されたのか。では、超電導バッテリーも手に入らないか”


「我々はどうしても、『恵み』が、超電導バッテリーが必要なのだ」

「必要だからといっても、私たちの物を取っていい理由にはなりません。

 然るべき報復をすると、申し上げたはず」


 アニクは、マルガリータの顔を、じっと見つめた。

「帝国は百万の軍勢を持っている、かもしれない。

 艦隊が押し寄せる、かもしれない。

 しかし、我々は、そんな仮定の話ではなく、現実の脅威に直面している。

 あなた方が引き起こした、脅威だ。

 我々には、我々の事情があるのだ、使節どの」


 アニクは立ち上がった。

「我々の事情を、時間をかけて説明したい。また日を改めて会おう」

 そう言って、部屋を出ていく。

「そんなことを言わずに今聞かせて・・・ちょっと待って!」


 迎賓館の玄関で、アニクに追いつく。

「せめて、次の会談の日時を決めましょう」

「使節どの。しばらく、この迎賓館に逗留して頂く」

「しばらく? 何を呑気なことを。話が終わったら上に戻ります」

「この建物がお気に召すことを願っている。では」

 一揖いちゆうすると、背中を向け、迎賓館から歩み去る。


「正気ですか!? 帝国には、その、軍艦とかいっぱいあるんですよ!

 本当ですよ~!」

 マルガリータの言葉を無視して、車に乗り込み、立ち去ってしまった。


          **


「仕方がありません。今日は帰ります」

 そう宣言し、ポッドに戻ろうとすると、迎賓館の職員が呼び止めた。

「こちらが、夕食のお品書きになります」

 マルガリータは、数分間、穴が開くほどに、お品書きを凝視していた。

 それから、かすれる声で。

「今日は・・・帰ります・・・記念に・・・もらってもいいですか」

 お品書きを握る手が、震えている。

「・・・どうぞ」

 このまま夕食も、という誘惑を辛うじて断ち切り、ポッドに向かう。


 急に、3人の機動歩兵が、マルガリータを囲んだ。

 おしくらまんじゅうで、潰される感じ。

「ぶわっ、何ですか!?」


 ブリオは、空中ディスプレイを見つめて、眉をしかめる。

 ドローンやセンサーからの情報で、周囲の人間の位置が表示されている。

「鎧に隠れてください、マルガリータ。危険です。

 我々は、包囲されています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る