第3-5話:のたうち、絡まるもの

 翌朝。タカフミは士官フロアの食堂に顔を出した。

 朝食の用意はまだだったが、コーヒーなどの飲み物は既に用意されていた。

「おはよう、タカフミ」

「早いですね、ステファンも」

「マルガリータの調査結果が気になってね」

「同じく」


「よぉ。おはようさん」

 Tシャツ1枚で、脇腹をぼりぼり掻きながら、ジルが入って来た。

 そのまま腕を上げるように体を伸ばす。大きな胸が揺れる。

 やめて頂きたい、と思いながら、ついつい注目してしまうタカフミだった。


「コーヒーは、あっちのサーバーの方がいいよ」

「あー、いい。ポットの方が早いから」

 そんなやり取りを眺めていたタカフミの視界の端を、何か黒い物体がよぎった。


 ぎょっとして振り向くと、それは、

 のたうち、絡まり、放射状に広がる、邪悪な黒い触手。

 のようなもの。


 マリウスの髪だった。


          **


「凄いなその髪! 個性的でいいね」

「お前、そりゃいくらなんでも酷いだろ」

 ステファンは面白がり、ジルは許せないようだ。


 マリウスは無言、無表情でジルの脇を通り過ぎると、コップに豆乳を注いだ。

 後ろから見ると、さらに酷い。絡まった毛糸のようだ。

 マリウスの体をおおい隠すように、上や横に広がっている。

 普段の、美しく艶やかに流れる髪との落差が、衝撃的だった。


「髪、梳かしてないのか? ていうか、鏡とか見てないのかよ」

「ちゃんと乾かしていないね。寝方も悪いのかな?」

「そもそも昨日はちゃんと洗ったのか?」

 マリウスはくるっと振り返った。

「否定はしない」

「全部該当かよ!」


「わかったよ。それを貸せ!」

 見ると、マリウスは片手にブラシを持っていた。

 ジルが手を伸ばすと、マリウスはさっと身を翻し、タカフミの脇に移動。

 そして、無言でブラシを、タカフミに向けて突き出した。

「何だよ。俺には頼まないの」

 ジルが、ちょっとすねたような声を出す。


 ジルがマリウスの髪を洗った時は、力任せに洗うので、首がもげそうだった。

 この絡み合った髪をジルに任せたら、頭皮ごと剥がれそうだ・・・

 自分がやるしかない、と思うタカフミだった。


          **


 結局、ブラシだけではどうにもならず、ドライヤーも持ってきて櫛削っていると、

「ふぁぁぁー」

と伸びをしながら、マルガリータが食堂に入って来た。


「調査結果が出ました! 朝ごはん食べながら、説明します」

 そう言うと、左のこめかみで、何かを摘まむ仕草をした。

 エアー眼鏡を持ち上げたらしい。

「まあ。私にとっては、『朝飯前』な作業でしたけどね」

「じゃあ、食べる前に説明しろ」

「食べさせてよ! お腹空いてるんだから!(涙)」


          **


 朝食は、アメリカン・ブレックファストのような形式。

 パンにサラダ、果物と、ベーコン、卵料理が添えられている。


 パンはいくつか種類があった。マルガリータはその一つを頬張ると、

「うーん、焼き立ては美味しいですね」

 と微笑む。

 それからトーストに4種類のジャムを丁寧に塗って、それぞれの味を楽しんだ。


 ジルは、トーストにバターをたっぷり塗り、ベーコンと卵料理を挟んで、豪快に平らげた後、追加を注文した。


「自衛隊の朝食は、どんな感じなんだい?」

 とステファン。

「基本は白米。練り物や卵料理が付くかな。あとは納豆や海苔、味噌汁」

「海苔は食べたけど、納豆は見たことないなぁ」


 マリウスは、ベーコン、卵料理、サラダ、ドレッシング、バター、ジャムを、一皿ずつ口に入れる。それから何も塗っていないトーストをかじる。

 豆乳を一口飲むと、聞いた。

「それで? 何か分かったのか?」


 マルガリータは、生クリームを乗せたワッフルを頬張って、紙で口を拭く。

「まあ、結論から言うと、カメラやセンサーが偽装されて、

 船の接近が、分からないようになっていたんです。


 相当な時間をかけて、偽装工作が行われたみたいです。

 発見されないように、低速の慣性飛行で、侵入したのでしょう。

 駅に到達するまで、何か月もかかったはずです」


 次のワッフルには、シロップを大量に注いだ。

「でも、時間はあったと思います。

 襲撃者は、地球駅建設を狙って、準備していたのでしょう。

 建設は、地球があったせいで、4年も延期されたんですから」


「お前のせいだってさ」

 ジルが、タカフミを小突きながら、冗談めかして言う。タカフミ、頭をかく。


「船が接近すると、あの箱が、通常時の画像やデータに差し替えていたんです。

 差し替え前の画像が残っていました。

 太陽系で、我々を襲撃した船です。間違いありません」

「ザッカウ-1だな。ついに尻尾を掴んだか」

「それだけじゃありません!

 もっと重要なデータを発見したんです!」


 マルガリータは腕を組んで、自慢げに胸を反らした。重そうに揺れる。

“だから、そういう風に、胸を強調する仕草はやめて頂きたい”

 そう思いながらも、何も言わずに、平静を装って観察するタカフミだった。

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