第7-14話:偽装①―勘違いさせる

「シュリア、いや、アユーシ。ちょっと来てくれ!」

 年配の軍人。名前はイフラス。

 今は彼が、船長としてザッカウ-1を指揮していた。


 シュリアは女性の姿をしていた。少し茶色を帯びた黒髪が、背中で揺れる。

 アユーシから無断で借用した、ザッカウ-1乗組員の服を着ていた。


「おおっと、アユーシ姫の登場だ」

「胸まで盛り上げて、気合十分だな」

「役作りとかいって、大事なところ、切ってないな?」

 周りの軍人がからかう。


 彼らはザッカウ-1を奪うと、テロン恒星系に戻り、アニクとアユーシを降ろした。

 そして再び、クロード領に戻って来ると、

 イフラスはシュリアに、アユーシに扮装するように命じた。

 あまりにそっくりなので、命じたイフラスも驚いている。


 ザッカウ-1は、第5惑星ではなく、輸送コンテナのルート近傍にいた。

 やがて、星々がゆらめき、輸送コンテナ群が出現する。


 群の中央に、緑色のコンテナが固まっている。数は40個ほど。

「中央の緑色に接近する!」

 輸送コンテナの間を、すり抜けていく。


 駅から、ビデオ通話がかかってきた。

「ちょっとあなたたち! 危ないですよ!」

 ザッカウ-1が、輸送コンテナを遮るような進路を取ったため、警告したのだ。


「あら? あなたたち、誰ですか?」

 駅MIのコカーレンは、乗組員が、いつもと違うことに気づいた。

 イフラスがシュリアに目くばせする。このために扮装させていたのだ。

「我々はクロードの民だ」

 シュリアが声を上げる。


          **


 シュリアは、クロード家に対して、好意を持っていなかった。

 母ガウリカの死因が「事故」であることを、受け入れられずにいる。

“そもそも、クロード領などなければ、私だって、母と暮らせた。

 こんな『奇妙な』人生を送ることも、なかったはずだ”


 血を分けたアユーシのことは大事に思うが、彼女は今、テロンで最も安全と思われる場所に、匿われている。

 クロードの民を危険に晒すことに、抵抗はあった。しかしそれは、命令に背くほどの強さではなかった。


          **


「あなたはアユーシですね。

 でも、胸がいつもより小さくないですか?」

「こ、これは、ダイエットしたんだ!」

 シュリアは慌てて誤魔化す。

 それから、姿勢を正すと、はっきりと宣言した。

「我々クロードは、再び『恵み』を受け取ることにした!」


「なんですかそれは!?

 怖い人はちゃんと来たでしょう!

 約束を破ると、とんでもないことになりますよ!」

「生きるために必要な物を獲得する。以上だ」

 イフラスが手を振り、通信が遮断された。


          **


「捕獲網、発射!」

 黒い網が、ザッカウ-1から射出された。

 網は、宇宙エレベータのケーブルで作られている。

 保守用に残されていたケーブルを徴発したのだ。鋼鉄の200倍の引張強度がある。


「いいか、慎重にな。進路をワープゲートから、ずらすだけでいい」

 網が広がっていく。やがて先端が噴射を行い、静止。逆方向に戻ってきた。

 それをザッカウ-1はキャッチ。

 手繰り寄せると、網の中には、緑のコンテナが20個、包まれていた。


「大漁だ!」船内が喜びで湧く。


「約束したのに!(涙) 堂々と、網まで使って!

 通報します!!」


          **


 タカフミが床の上を片付けたので、それまでは仕事を諦めていた掃除ロボットが、部屋に入って来た。

 今日のマリウスは、何もしていない。マルガリータは、人形の髪を乾かしているように見える。

 すると、ジョセフィーヌからマリウスに、通話がかかってきた。


「女神の星駅で、また略奪が始まったぞ。それも、大規模だ」

 マルガリータが「そんな馬鹿な!」という表情で驚く。

 つい先日、軍団長にドヤ顔で、略奪停止合意の報告をしたばかりなのに!

 ちなみに、マリウスは無表情なので、ドヤ顔していたのはマルガリータだけだ。


「血迷ったか、ダハム」

 とマリウス。

「しょうがない奴だな♪」

 なんだか嬉しそうだ。興奮しているのか、仄かに頬が赤い。

「急ごう! 現場を押さえるぞ」

「そうします」

 マリウスは地球駅MIに、ワープゲート展開を指示。

 物資搬入のために地球近傍にいたエスリリスは、亜光速でゲートに向かう。


 堂島を地球に降ろしている暇はない。

 マリウスは、腕輪で堂島を呼び出した。

 承諾を得るためではない。堂島の都合に関わらず、連れていくつもり。

 ただ、説明することで、納得してくれるなら、その方がいい。


          **


 堂島は、歩兵待機所で、シートに座っていた。

 エスリリスには慣性中和機構があり、加速から乗組員を守ってくれる。

 だが、万が一に備え、亜光速航行中は着席し、ベルトで身体を固定する。

 何が起こったのか、訳が分からずにいると、突然、左手の腕輪が鳴った。

 格納庫に入ったところで、渡されたものだが、使い方は知らない。


 点滅する部分があるので、触れてみた。

 すると、目の前に、A4ノートくらいの空中ディスプレイが出現し、

 マリウスの顔が、大写しで現れた。


「マリウス様!?」

 声が裏返ってしまった。

 マリウスは、無言で堂島を見つめてから、言った。

「私と一緒に来てくれ」


 心の準備ができていなかったので、堂島は激しく動揺した。

「私を帰したくないってことですか?」

「うん」

「こここれからもずっと一緒に、ご飯食べたり、お風呂に入ったりするってことですか!?」

「そうだ」

 星の人は、食事も入浴も、士官と兵士は一緒だ。

 食堂や風呂で、一緒になることもあるだろう。だからマリウスは肯定した。

「どこまでも付いていきます!!」

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