第7-12話:首都①―メイドに潰される

 深い海から浮上するように、アユーシの意識が戻った。


“ここは・・・どこ? シュリアは?”

 見慣れない部屋。壁や天井は木で出来ている。ザッカウ-1の船内ではない。

 この重厚な感じは、以前訪れた、アニクの館らしかった。


 周囲を見回そうと首を振って、髪が短くなっているのに気づく。

 黒い髪を、肩の下まで伸ばしていたのに、今は耳の上までしかない。

“まさか、シュリアになっちゃったの!?”


 ふと不安になり、そっとパンツの中を覗いた。

 妙なものはない。

 そこで気づいた。そういえば、シュリアは男装していただけで、女なのだ。

 たとえ、体が入れ替わったとしても、パンツの中は変わらない。

 寝ぼけて混乱していた。


 メイドの女性が部屋に入って来た。冷ややかな表情をしている。

 たしかシュリアは、有力郷士の息子、という立場のはずだ。

 メイドの方は、テロン一の権勢を誇るアニクに、仕える身。

 この場合、どちらが偉いんだろう?


「目が覚めましたか、シュリア」

 呼び捨てだった。

「あの、私は」

「早くこの服を着てください、シュリア」

 シュリアと決めつける圧がすごい。

 とりあえず、大人しく服を着ることにする。


 スラックスを穿いていると、メイドが背中に回り、胸に板を押し付けてきた。

 思わず板に触れる。金属でも、合成樹脂でもない。

「これは皮ですか?」

「そうです、シュリア」

 背中に、膝が当てられた。力いっぱい締め付けられる。

「痛いです! 何をするんですか!」

「寝ぼけたんですか、シュリア。いつものことですよ」

 鼻で笑う。

「潰すんです」


 ひとしきり、アユーシが悶えた後。

「しばらく見ないうちに、こんなに大きくなって」

 コルセットを少し緩めてくれた。

「ここにいる間は、必ず上着を着てください。それで誤魔化すしかないですね」


          **


 アニクの書斎に案内される。

「座ってくれ」

 ドアの前で立ったまま話を聞いて、終わったらすぐに逃げ出したい気分だったが、勧められては仕方がない。

 アユーシはソファの腰を下ろした。お尻が深々と沈む。


「勝手に髪を切って、悪かった。許せ」

 アユーシは無言。許す気にはなれないが、文句を言える雰囲気でもない。

 そもそも、髪を切る以上に、勝手なことをされているのだ。

「ザッカウ-1を奪って、どうされるおつもりですか」


「帝国には、クロードの民を支援すると、約束した。

 クロードの民を、私の大陸に受け入れようと思う」

 アニクはそこで、首を振った。

「だがな。一つだけ、気になっていることがある。

 私は、ガウリカが、殺されたのだと思っている」

「そんなはずは・・・」

 思わず腰を浮かせて反論しようとしたアユーシを、手で押しとどめた。


「良い。ここでいくら話し合っても、結論は出せぬ。

 だから、ダハムに邪魔されずに、ガウリカがなぜ死んだのか、調べたかった。

 そのために、船を借用したのだ」


「クロードの民を受け入れよう。

 だがそれは、お前の母の死、その真相を確かめてからだ。

 お前は、しばらくの間、シュリアとして、ここで暮らすが良い。

 テロン宇宙軍には、話をつけてある」


          **


 書斎を出ると、メイドが待っていた。

「部屋に案内します、シュリア」

「そんなに名前を強調しなくてもいいわ。あの・・・」

 ぐいっと近づいてきた。

「『そんなに名前を強調しなくていい、チャリタ』です。話し方に気をつけて」


 部屋に案内された。簡素で実務的な作りだ。机や棚がある。

 私物があり、以前からシュリアの部屋らしい。

 一介の宇宙軍士官ながら、アニクの館に部屋があるということは、それだけで特別扱いと分かる。


 何か自分あてのメッセージはないか? と探すと、机の上の人形が目に入った。

 男の子と女の子が、手を握って笑っている

 男の子の服にはシュリア、女の子の服にはアユーシと刺繍されていた。

「こんな風に、また一緒に暮らせるの?」

 小声で、呟いた。

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