第7-4話:コロニー①:訪問

 アニクがクロード領に渡るのは、ダハムとの会話から、1か月後となった。


 ダハムとしては、聖墓詣ででも、女神像前での祭儀でも、何でもいいから早く終わらせて、一刻も早く、惑星テロンからの物資供給を再開させたい。

 だが、アニクの警護を担当するテロン宇宙軍が、承諾しなかったのだ。


 何かあった時に、アニクを惑星テロンに連れ戻さなければならない。

 そもそも、ワープというものを、テロン宇宙軍は経験したことがなかった。

 星間航法や、ザッカウ-1の船内の様子など、よくよく調べてからでなければ、とても当主様をお乗せする訳にはいかん! ということで、

テロン宇宙軍との「部隊交流」に、約1か月が費やされたのだった。


 アニクに従うのは、テロン宇宙軍の士官・兵士19名。シュリアもその一員。

 執政官にして、惑星テロンの最大勢力・ドゥルガー家当主の行啓(外出)ということで、持って行く荷物も膨大な量になった。


 ザッカウ-1の全長は100メートルだが、大部分をエンジンが占めている。

 そこに、20名と大量の荷物が押し込まれたので、船内は満杯。

 元々、兵士は一つのベッドを、当直交代で共用するくらいに余裕がなかったのだが、それも立ち退かされて、倉庫に寝袋を敷くような有様だった。


          **


「星の並びが、違う」

 テロン宇宙軍の一人が呟いた。

 ザッカウ-1は、「女神の星」恒星系を俯瞰する位置にワープアウト。

 部隊交流で、テロン恒星系内での短距離ワープは経験していたが、長距離(約5光年)は初めて。

 恒星の色は、テロンより少し青みを帯びている。惑星の数や大きさも違う。

 遠く見える星座の位置も、微妙に異なっていた。


 クロード領のコロニーに到着すると、さっそくアニクは聖墓に案内された。

 聖墓の扉は閉ざされたまま。これは、ダハムでも開けることは出来ない。


 アニクは、聖墓の前に立つ、女神ウルカの像を見上げた。

 刺繍の施された衣装をまとい、黒く艶やかな長髪が流れている。

 参拝者を、静かな微笑をたたえて、見下ろしていた。

「美しい。美しいが、どこか哀しい表情をしているな」


 僧侶たちが、参拝の祭儀を執り行う。

(彼らが、「恵み」獲得の正当性や、駅の小言は教育のためである、といった理論を、皆に広めたのだ)

 随行者が、アニクの聖墓詣でや、祭儀の様子を、熱心に撮影した。


          **


 コロニーでは、執政官を歓迎する祝宴が開かれた。

 とはいえ。

 「藻」を育てて、それをお粥にして食べているようなクロードに、執政官一行をもてなすような余裕はない。

 アニク自身が、大量の食材と酒を持ち込んでいた。

「皆で大いに楽しんでくれ」

 執政官が、親しくコロニーを訪問し、大盤振る舞いしてくれたので、

先行きを不安に思っていたクロードの民は、大いに安堵。お祭り騒ぎになった。


          **


 宴の後、アユーシの部屋を、シュリアが訪ねてきた。

 アユーシは母の写真を見せた。

 印刷されたのは1枚だけ。幼いアユーシを抱くガウリカ。

 静止画像が、少しだけ。

 シュリアは、それでも嬉しそうに、懐かしそうに、画像を見つめていた。


「動画はないのか?」

「持ってない」

 クロードの民には、画像や動画を撮影する習慣がない。

 それに、母との別れが来るとは、想像もしていなかった。


 またしばらくの間、シュリアは写真を見つめていた。

 やがて、顔を上げると、言った。

「ザッカウと、話をさせてくれないか」


 部隊交流の間、ザッカウ-1に「話すコンピュータ」があることを知った。

 エンジンを制御しているのだが、人の言葉を理解している。

「ザッカウのコンピュータが、動画も持っているじゃないか?」

「動画?」

「そう。誰が何を話しているのか、把握しているんだろう?

 人間を識別するために、カメラで見てるじゃないか。

 そのデータが残っているかも」


「じゃあ、次に航行する時に、聞いてみましょう」

「皆の前では、話せないんだ。

 ・・・私がクロードの民の子、というのは、秘密なんだ」

「でも、勝手には乗り込めないわ。警備兵も立っているし」

 と渋るアユーシ。

 シュリアは、アユーシの手を取った。

「君は母と一緒に過ごせた。僕はずっと、ずっと、会いたかったんだ。

 母が動き回ったり、話したり、笑っている姿が見たい!」


 アユーシは、シュリアをザッカウ-1に案内することにした。

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