第7-2話:アニクの館②―御使い
「恵み」の獲得は、難しい仕事だった。
ダハムが初めて恵みを見た時。星々の間を、煌めきながら、ゆっくりと飛翔していく姿に、心を打たれた。
しかし、「ゆっくり」と感じたのは、広大無辺な宇宙を飛んでいるからだ。
実際には、時速1万キロメートル以上の速度で移動している。
更に問題なのは、ぐずぐずしていると「恵み」が消えてしまうことだ。
前方には、「駅」が作り出すワープゲートがあり、次の駅へ、リレー方式で飛ばされてしまう。
マッハ10の飛翔体を、壊さないように、短時間で捕獲する。
移民初期のクロードの民にとって、非常に困難な仕事だった。
幸いにも、輸送コンテナの飛翔ルートは、いつも同じである。
クロードの民は、予め岩石を配置しておき、コンテナに接触させることで軌道を逸らして、キャッチするようになった。
この方法の難点は、獲得するコンテナを、臨機応変に変更できないこと。
そのために、コンテナの色を選べないことだ。
超電導バッテリーを運ぶ緑のコンテナが、最重要なのだが、コンテナ群の中央付近にいることが多く、軌道を変更させるのも難しかった。
緑以外の恵みも、金属資源や食料で、とても有益なのだが、青だけは「外れ」。
「何でこんなものを運ぶんだ?」と首をかしげるものばかりだった。
**
「恵み」を獲得するようになって、200年。
厳しい生活は相変わらずだったが、恒星系の観測を行う余裕が、生まれていた。
そして、発見したのだった。
惑星公転面から、大きく外れた場所に漂う、難破船を。
気密は保たれていたが、船内はすっかり冷え切っていた。
3隻の難破船に、生存者は、いなかった。
電源を供給すると、星間航法エンジンを制御するMI(機械知性)が、再起動。
MIは、遺体の保存を要求。
クロードの民は、要求に従い、保存施設を作った。これが、聖墓である。
御使いから「恵み」の獲得を許されたというのは、よく言って拡大解釈、平たく言えば、作り話である。
クロード家との交流を通じて、ドゥルガー家のアニクも、そのことは知っている。
だが、クロードの民は、恵みをもたらす女神の神話を、信じている。
ダハムの祖先は、聖墓と引き換えに、技術文書を読ませてもらった。
これを解読して、船を動かすことに成功した。
亜光速での航行が可能になり、「恵み」の獲得が、容易になった。
獲得した資源で、コロニーを建設。食料生産も増強。次第に人口が増えた。
クロード家が、星間航法を駆使して、惑星テロンに舞い戻ると、
クロードの民の女神の神話は、テロン人の間にも広がっていった。
**
「私も、信徒の1人として、聖墓詣でをしたい」
「聖墓の中には入れない。あそこは、閉ざされている」
「それならば、女神ウルカの像を見たい。
女神は、己の姿に似せて御使いを作り、遣わされたと。
お前の先祖は、なぜ、そんなことを思いついたんだ?」
「私にも、分からない」
「聖墓を見せてくれるなら、1年間は、いつもの物資を届けよう」
思わぬ提案に、ダハムは身を乗り出した。ここが、勝負どころだ。
「10年にしてください」
「見せるだけで10年か? それは虫が良すぎるな」
アニクは冷笑した。
ダハムは、静かに応える。
「移民団がクロード領に到着するまで、100年かかりました。
しかも、ドゥルガー家から渡されたのは、片道切符だったのですよ」
棄民同然に、という言葉を、ダハムは飲み込んだ。
アニクは乾いた笑い声を立てた。
「天翔けるクロードの民とは違って、地を這うテロン人には、聖墓詣でなど夢のまた夢か」
ダハムは焦った。ここで諦められては、話が続かない
鉱石貿易や、更には「恵み」偽装のアイデアまで、思い切って話した。
「こうした新事業が軌道に乗るまで、10年、待って欲しい」
「新事業が大変なのは、分かる。
だが、10年あると思うと、実際には、20年かかってしまうものだ」
アニクの言葉には、執政官として、惑星政府を統御する者の、重みがあった。
「まずは5年だ。延長は、その時に考えよう」
ダハムは、黙考の後、アニクの提案を了承した。
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