第7章:それぞれの想い

第7-1話:アニクの館①―宇宙エレベータ

「アニク様は、受け入れてくれるでしょうか?」

 傍らに立つアユーシが、ダハムを見上げて言った。


 2人は、軌道ステーションで、地上行のカーゴを待っていた。

 軌道ステーションから、ドゥルガー家の大陸に向けて、ケーブルが垂れている

 (釣り合いを取るために、地表とは反対側にも、ケーブルが伸びている)。

 人間が搭乗できる宇宙エレベータは、この1基しかない。


 テロン政府と帝国との合意には、「クロード領を支援する」の一文が入った。

 しかし、支援の内容については、何も触れられていない。


 ダハムとしては、もっと具体的な内容を、盛り込みたかったのだが。

 略奪停止を、少しでも早く表明させたい帝国側に、押し切られてしまった。


 マルガリータだけなら、食事でいくらでも引き留めておけそうだったが、あの黒髪の司令が、急かしたのだろう。


 「恵み」の供給が途絶える中で、どのように惑星テロンから物資を調達するか。

 執政官と交渉するために、アニクの館へと向かっているのだった。


          **


 軌道ステーション内には、エッチングの銅版画が掲げられている。

 銅版画の大部分を占めるのは、建設の様子や、宇宙飛行士たち。

 ドゥルガー家による、建設の偉業を、称える内容だ。


 宇宙エレベータで、軌道上に貨物を上げるコストは、ロケットの百分の一未満。

 打ち上げ失敗のリスクもない。

 エレベータの完成により、ドゥルガー家は、宇宙開発で他家を圧倒することになった。


          **


 銅版画の左上には、女神ウルカの姿。

「聖遺物」により、宇宙エレベータが建設されたことが、記述されている。


 宇宙エレベータは、テロンの技術では、実現不可能だった。

 吊り下げられるケーブルが、自重に耐えられず、破断してしまうためだ。

 だが、クロードの民が受け取った、緑の「恵み」で、事態が変わった。


 その「恵み」には、期待していた超電導バッテリーは入っていなかったのだが、代わりに、黒いケーブルが入っていた。

 このケーブルが、鋼鉄の200倍もの引張強度を持つことが判明。

 これで、宇宙エレベータ構想が、一気に現実のものとなったのだ。


          **


「聖遺物、か。ちょっと違和感あるんだよな」

 ダハムは呟いた。

 ドゥルガー家に限らず、テロン人は、「恵み」を「聖遺物」と呼ぶことがある。

 だが、クロードの民にとって「聖遺物」とは、御使いがもたらした物を指す。

 獲得した輸送コンテナは、あくまで「恵み」なのだ。


 ダハムは、銅版画を目を走らせる。

 しばらく探した後、ようやく、銅版画の下の隅に貼られたシールを見つけた。

 クロード家が「恵み」を届けたことが、小さく記載されていた。

「銅版画が完成した後に、私たちのことも書くことになったんでしょう」

「ああ。親父が頑張って、頼み込んだんだ」

 ダハムは、剥げかけたシールを伸ばして、銅板に押し付けた。


          **


 アニクの館は、丘のふもとに立つ、大きな邸宅だった。


 丘の上には、ドゥルガー家の代々当主が居住していた、石造りの城もある。

 城が持っていた、軍事基地及び宮廷としての役割は、過去のものとなり、

 現在の当主は、平地の邸宅に住んでいる。


 邸宅は、白い壁の、落ち着いた雰囲気。

 とにかく巨大で豪華絢爛な、フアントゥ家の居城とは、対照的だ。


 しかし屋内には、さりげなく、とんでもなく高価なものが置かれていたりする。

 うっかり壊すと、賠償でクロード家が破産しそうで、怖い。


 邸宅に入ると、すぐに、アニクの書斎に案内された。

 政庁ではなく館に招待したのは、ダハムと差し向かいで、話をするためだった。


          **


「しばらくは、大人しくしている必要がある」

 従僕がお茶を出して退室すると、ダハムはそう切り出した。


「あの女どもが、怖いか」

「やつらは、武力を使う時は、容赦しない。

 月を増やしたのが、その証だ」

「新しい月か。忌々しいことだ」

 アニクは、書斎の天井を見上げた。その先には、神託の月を追いかけるようにして、新しい月が空を横切っている。


 テロン政府は、探索艦隊の出現を、一般市民には秘匿していた。

 だが、「新しい月」の出現で、隠しきれなくなり、ついに、異星からの来訪者の存在を公表した。

 公開情報は極めて限定的で、マルガリータや他の隊員のことにも、帝国との合意内容にも、一切触れていない。

 異星船が出現し、すぐに立ち去ったこと。いかなる軍事衝突もなかったこと。

 異星船の通航により、小惑星の軌道が変化し、テロンに接近したが、落下の恐れはないこと。

 以上が、告げられただけだった。


          **


「まあ、いずれまた、『恵み』を受け取る機会もあるかもしれないが。

 少なくとも10年は、様子を見るべきだ」

 アニクは無言。


 「恵み」以外で、クロード領が交易できるものは、小惑星で採掘した鉱物くらいしかない。

 惑星テロンの鉱物資源は、枯渇しつつあるが、ゼロではない。

 「恵み」のように、代替不可な貴重品、という訳にはいかないのだ。


“いよいよとなったら、「恵み」を偽装するか・・・”

 クロード領には、過去に獲得した輸送コンテナの箱が、残されている。

“「恵み」ってことにすれば、俺たちの培養食だって、売れるんじゃないか?”


 いずれにせよ、テロンから今まで通り、食料や電子機器、医薬品などを供給してもらえないと、クロード領は干上がってしまう。


 さて、アニクは、何を要求してくるか?

 固唾を飲んで、アニクの反応を見守る。


 アニクの要求は、全く予想外の内容だった。

「聖墓を見たい」

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