第6-6話:インパクト
「シュリアはどうして、宇宙軍に入ったんですか?」
翌日。マルガリータが食事している間に、タカフミは尋ねた。
「父は多分、息子として、私を後継者にしたかったんだと思います」
ドゥルガー家の男子は、陸海空宇のどれかで、軍務を経験するのが習わしだ。
女性であることを隠すために、睨みのきく宇宙軍に入れたのだろう。
「でも、6年前に男児を授かり、その子が世子になりました」
世子になりたかった訳ではない。
だが、それでは私は何のために、男として生きるのか。
軍人の任務も、宇宙での活動も、やりがいは感じている。
女性は、そうした職務に挑戦できない。そんなテロンの社会は、不満だ。
もっと言えば、貴族であり、執政官でもある父に逆らえず、勝手に人生を決められるのが、不条理だと思う。
そんなことは、とても口には出せないが。
「地球に、月はいくつ、あるんですか?」
今度はシュリアが質問した。
「1つです。テロンと同じです。なぜ?」
「テロンには、昔は月はなかったそうです。
女神ウルカが、神託を下すために、月を打ち上げたんですって」
タカフミは、クロード領のコロニーで見た、ウルカの像を思い浮かべた。
「テロンの人々も、女神ウルカを信じているんですか?」
「ええ」
シュリアは、グラスの縁をなぞる。
「だから、絶対起こらないこと、を表す時に、月という言葉を使うんです。
『月が増えない限り、大丈夫だ』みたいな感じで」
「そういう意味になるんですか?」
「ええ。だって月が増えるということは、新しい神託が下るということです。
世の中が、大きく変わってしまう、ということ」
そんな奇跡がなければ、自分の境遇は変わらない。
ふと視線を上げると、タカフミは、顎に手を当てて、考え込んでいた。
**
「タカフミです」司令室をノックする。
「入れ」入室。
マリウスは、濡れた髪を流して、短パンだけで仕事していた。
「・・・シャツは着ないんですか?」
「髪で濡れるんだ」
「マルガリータはどうしたんです?」
「風呂で体重を計ったら、『今から走ってきます』と言って、出ていった」
連日の接待攻勢。無理もない。タカフミ、心の中でマルガリータのために合掌。
「相談があるのですが、その前に髪を乾かします」
「やりたいのなら、止めはしない」
「まずシャツを着てください」
「いちいち注文の多いやつだ」
腰までの長髪なので、乾かすのは時間がかかる。
乾かして、櫛も入れる。本人は決して梳かさないので、誰かがやるしかない。
「それで、一つ思いついたんですが」
ようやく本題に入る。
「カーレンを、呼んでください」
カーレンは、「駅」建設を行う、建設母艦である。
1年半前の、ダハムによる襲撃は、カーレンを奪うのが目的だった。
戦闘力はないが、直径25キロメートル。強大なエンジンを搭載している。
「何をやらせるんだ?」
「小惑星を、惑星テロンまで持って行くんです」
それを聞いて、マリウスは一瞬考えた後、嬉しそうな声で、
「なるほど! 考えたな!」
と叫んで、頷いた。
「え?」
逆に驚いたのはタカフミである。まだ理由を説明していない。
タカフミが考えたのは、テロン人の女神信仰を利用することだった。
小惑星を衛星軌道まで曳航することで、月を増やす。
それによりテロン人に、心理的・宗教的なインパクトを与えるのだ。
信仰心を利用することは、気が引ける。
だが、人命を危険にさらすことを、避けたかった。
しかし、マリウスは、全く別のことを考えていた。
「落とすんだな! 地球の言葉で、メテオ・フォールというやつか。
これは、インパクトあるな」
「物理的なインパクトを与えてどうするんです!」
「直径は100キロメートルくらいでいいか?」
「恐竜を滅ぼした隕石だって、10キロメートル程度だったんですよ!?
テロンを砕くつもりですか!!」
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