第5章:クロードの民
第5-1話:我らの神は・・・
通路の気圧が回復するのを待って、ダハムはブリッジのドアを開けた。
緑の宇宙服を着た一団が、素早い動きで入って来て、ドアの周りに展開する。
グルディープも連行されてきた。長剣は灰色の手に握られている。
ドアの向こうには、切り取られた隔壁を、背負っている男たちが見えた。
なんだ? 抵抗した罰なのか? 見せしめか?
とりあえず、マニシ・ハリヌ・ラグハが無事と知って、ダハムは安堵した。
もう一人、小柄な姿が入って来た。
バイザーが透明で、顔が見える。
肩まであるプラチナブロンドに、碧眼の美しい顔。
心配そうに、周囲を見渡している。
**
ブリッジで一番高い席から、男が一人、降りてきて、一行の前に立った。
身長は180センチほどで、ハーキフとほぼ同じ高さ。褐色の肌に黒い髪。
頬や口元は、短く揃えられた濃い髭で覆われている。
金糸で精緻な刺繍が施された、豪奢な白い上着を着用していた。
「あ、あなたはダハムですね!」
マルガリータが指差して言う。
「無礼者!」
ヴィジャイが大声で叫んだ。自分は普段、ダハムに雑に接しているくせに、よそ者の不躾な態度を見ると、腹が立つようだ。
マルガリータは「ひぃっ」と言って身をすくめた。隊員たちが見ているので、逃げ出しそうになるのを必死で我慢。涙をこらえる。
「よせ、ヴィジャイ」
とダハムがヴィジャイを止めた。
「私は、クロード領の当主、ダハムだ。
君たちは、何者なんだ?」
「私は、
外交交渉を担当しています」
「臨検と聞いたが、どういうことなんだ」
「あのコンテナのことです!」
マルガリータ、指を頭の上で振って、周囲を飛翔している輸送コンテナを示す。
「あのコンテナは、私たちが収穫した大事な資源を、輸送しているのです。
コンテナを略奪しましたか?」
「何も・・・取っていない」ダハム、言いよどむ。「今日は」
「今日は、って! じゃあ、過去に略奪したことはあるんですね?」
ダハム、無言でマルガリータを見つめる。
「船内を捜索し、略奪されたコンテナがないか、確認します。
これ以上の略奪は認めません。
今後も略奪を行えば、然るべき報復を行います。
お伝えすることは、以上です」
「待ってくれ。これは略奪ではないんだ」
「と言いますと?」
「我々は、女神から、『恵み』を受け取ることを、許されたんだ」
「はあ? 何ですかその勝手な神話は!」
「本当なんだ。我々の祖先が、確かに、女神の御使いに会った。
そこで許しを得たんだ」
マルガリータは、うーんと唸って、ジョセフィーヌに通話をかけた。
「どうしましょう?」
「宗教がらみはやっかいだな」
ダハムは、畳みかけるように訴えた。
「それに、『恵み』がないと、我々は生きていけないんだ」
**
マリウスは、エスリリスのブリッジで、臨検を見守っていた。
「どう思う?」タカフミに問う。
「生きていけない、というのが気になります。
無理やり約束させても、再発するでしょう。
まずは事情を聴きませんか」
「そうするか」
マルガリータは、ジョセフィーヌや、周囲の隊員としばらく相談していた。
それから、ダハムに向き直った。
「艦隊司令が話を聞きたいと申しています。
お一人で、私たちの艦に来てください」
すると、ザッカウ-1のクルーの一人が、ダハムに駆け寄った。
「一人で行かれるのは、危険です!」
女性士官。黒髪が、鎖骨の下あたりまで伸びている。他のクルーと同じような褐色の肌。琥珀色の瞳。
「あ、この子は、カーレンを騙した事故映像に出てきたね」
ステファン、映像を見て気づく。
「落ち着け、アユーシ」とダハム。
それからマルガリータに向かい、
「信じていいんだな?」と念を押す。
「会話するだけです。危害は加えません。ご安心を」
とマルガリータが答えた。
**
ダハムは、ブリオに支えられて、エスリリスに移乗する。
鎧が、何も噴射せずに移動するのに驚く。
「これはどうやって飛んでいるんだ?」
「えーと、前の方から重力で引っ張ってるんです」
“まさか、人工重力なのか!?”
驚愕するが、顔には出さない。
エスリリスに入ると、重力が感じられた。
屈強な女性兵士が2人加わり、4人でダハムを取り囲む。
時折、出会う乗組員も、女性ばかり。しかもシャツ一枚といった軽装が多い。
マルガリータはダハムを、司令室隣の会議室に連れていった。
「君も来てくれ。意見が聞きたい」
マリウスは、タカフミを連れて会議室に赴く。
太陽系での襲撃者ということで、タカフミは警戒。先に入室する。
ダハムはタカフミを見て、
“ようやく男がいた。こいつが指揮官か?”と思った。
次に入って来たマリウスを見て、驚愕する。
「艦隊司令のマリウスだ。
なんだ? 私の顔に何かついているか?」
ダハムは、マリウスを呆然と見つめていたが、その言葉に我に返った。
「いや・・・ウルカの・・・
我々の、神様と・・・
あまりにもよく似ているので」
人形のように整った顔、相手を見つめる大きな瞳、艶やかに流れる黒髪。
聖墓で拝む姿に、生き写しだ。
だが、聖墓の神像は、慈しみと哀しみの微笑をたたえているのに、この司令には、表情がまるで無い。
相手に対して、関心も、好意も、敵意も恐怖も、感じていないように見える。
感情が、無いのか?
そして、「無い」と言えば・・・
ダハムは、マリウスの首から下に視線を走らせた。
「悪気はなく、事実として伝えるが、
我らの神は、そのう、女神なんだ」
「あ?」
「ぶっ」
マルガリータが間抜けな声をあげ、ジルが吹き出しそうにをなるのを堪える。
会議室に沈黙が流れた。
マリウス、机をバンと叩く。
「そんなことはどうでもいい。
これ以上、略奪するな。以上だ」
珍しく、語気が荒い。表情は無のまま。
「待ってくれ。我々の置かれた立場も説明させて欲しい。
『恵み』のお陰で、ぎりぎり、生き延びてる状態なんだ。
そうだ、我々のコロニーに来てくれないか。
私たちの暮らしぶりを見て欲しい。そうすれば、分かる。
コロニーは、小惑星帯にあるんだ」
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