第4-6話:到達

「ちょっと!臨検だって!」

 セネカが怒鳴る。

「これでも喰らえ!」

 マニシが、野菜の入った箱を蹴飛ばした。

 トマトや玉ねぎのような野菜が飛び散り、何個かがセネカに当たった。


「何? 言葉が分からないの? 猿なの?」

「言葉が通じない星もあるんだぜ」

 ブリオがしたり顔で言う。


 6年前に地球文明が発見された時、「言葉くらい通じるだろう」と思って、マリウスたちは種子島に降下した。

 だが、さっぱり会話が成立しなかった。

 その後の予備調査のために、「駅」の建設開始が4年も遅延したのだった。


「それは文明崩壊を起こした植民地でしょ!

 航宙船を持っているような星なら、言葉だって残ってるはず」

「じゃあ、どうする?」

 ブリオの問いに、

「擲弾筒を使う!」とセネカ。

「分かった。何色だ?」

「ピンクで」


          **


 三人組の一人、ハリヌが銃を構えていた。通路の曲がり角を監視していると、天井に近い辺りから、腕が差し出された。ハリヌ、天井に銃口を上げる。

 腕はすぐに引っ込んだ。そのまま銃撃して牽制。


 ハリヌが次弾を送り込む間に、床側に金属の筒が現れた。ボン、というかすかな音がして、ピンク色の玉が発射された。弾丸は即席バリケードの隙間を通過。


「ふせろっ!」

 マニシが叫び、3人は壁にへばりついた。破片弾頭であれば避けようがない。

 玉は3人の後ろの壁に当たると、パンッという軽い音を立てて、弾けた。

 衝撃はほとんどなかった。


 拍子抜けして振り返ると、ピンク色の液体が、壁や床に広がっていた。


 壁を溶かしている訳ではないし、ガスの放出もない。

 ラグハが、右手の指をそっと伸ばした。

 宇宙服の指が液体に触れた。それから指を離そうとして――取れない。

「え? そんな馬鹿な?」

 人差し指と中指の、末節(指の先)が触れただけなのだが、全く動かせない。


「ハリヌ、ハリヌ、取れない」

 ハリヌは、左手を慎重に、ピンクが飛び散っていない壁に当てると、ハリヌの右手首を引っ張った。しかし指は離れない。

 宇宙服で視界が制限されていたためだろう。気づくと、ハリヌの右足が、液体に触れてしまった。


「うぉ! 取れない! マニシ、接着されてしまった!」

「何やってるんだお前ら!」

 と言って近寄るが、つま先が床に散ったピンクを踏む。マニシの体が、つま先を中心に前のめりに回転し、ハリヌとラグハに激突。3人そろって、液体の中に顔や体を突っ込んでしまう。


          **


「よし、3人とも絡めとった」

 擲弾筒を抱えてブリオが言う。

「前方を警戒して。私が硬質化させる」

 セネカは紫のライトを照射。ピンクの液体は粘着力を失い、固まった。

 身動き取れなくなった3人に告げる。

「これは臨検です。あなたたちを倒しに来たんじゃない。

 そこで大人しくしてて」


 放置して進もうとすると、マニシが嘆願した。

「置いていかないでくれ! 空気残量が少ないんだ。

 取り残されたら窒息してしまう!」

「その接着剤は取れない。

 切り取るしかないなぁ」

 セネカはカッターを取り出した。スイッチを入れると、10センチほどの光の刃が現れる。埃が触れると、微かに瞬く。

 刃を、バリケードに固定された銃に当てた。バターのようにすんなりと刀身が食い込み、真っ二つに切断される。3人は目を丸くして驚く。

 それから身を翻すと、3人に近寄った。

「お、おい、まさか腕を切るつもりか?」

「や、やめろー」

「おかあさーん(泣)」


          **


 ブリオが通路を進むと、白髪の老人が立ちふさがった。

 なんと、長剣を片手に握っている。


「クロード家当主の座乗船、天駆ける船と知っての狼藉か!」

「いや、ただの臨検なんですけど」

「いきなり攻撃しておいて何をぬかすか!

 よいか、そもそも我らクロードの民は、1千年前、長く困難な旅路の果てに、この恒星系にたどり着き・・・」


 ギリクに連れられて、マルガリータが追いついてきた。

 老人の話が長くなりそうなので、ブリオはマルガリータに言った。

「あとはお願いします」

「えー」


「こら! 聞いているのか、下郎!」

「下郎だなんて失礼な!」

 マルガリータ、「鎧」バイザーの透過率を上げて顔を見せた。

「なんと、女性だったのか?」

 と老人は動揺。

「いや、だからと言って非礼が許される訳ではないぞ。

 そうか、女海賊か。この不届き者め!

 クロード家当主に楯突く者よ、我が斬撃を受けるがよい!」


 ギリクが無言でスパナを投げた。老人の手に当たり、長剣が飛ばされる。

 鈍重な宇宙服姿で、老人が慌てて長剣に手を伸ばしたが、たちまち機動歩兵2人に抑え込まれた。


「待て。止まれ」

 通路の奥、ブリッジから声がした。

「話を聞こう。グルディープを離してくれ」

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