第4-5話:バリケード

 ザッカウ-1の船内では、3人の男が、通路にバリケードを構築していた。

 3人とも宇宙服を着用している。エアロックの外側ハッチが破壊され、侵入者が内側ハッチを開放したことで、気圧低下が発生したためだ。

 簡易ベッドやロッカーなどを引っ張り出してきて、通路をふさぐように設置する。


「ラグハ、銃もワイヤーで固定しろ!」

 バリケードに、銃を縛り付けた。ザッカウ-1内は無重力状態なので、そのまま発射したら、反動で吹っ飛ばされてしまう。


「ハリヌ、何でもいいから、投げつけるものを持ってこい」

「分かった。ほらよ、マニシ」

 ハリヌは工具箱をマニシに放ると、通路の奥に飛んでいく。

 ラグハが、まだ子どもっぽさの残る声で叫んだ。

「マニシ、音が。奴等が来る!」


          **


 エアロックからザッカウ-1内部に入ると、セネカ、ブリオ、ギリク、マルガリータの順で、船首のブリッジを目指して移動。


「あの、こんな風に押し掛けて大丈夫なのかしら?」

 一番後ろで、マルガリータが心配そうに尋ねた。

「大丈夫ですよ」

 セネカが自信満々に答えた。


「海賊なら、抵抗して、今頃は宇宙の藻屑になってます。

 そうじゃない船なら、船長か航海士が出てきて、船内を案内してくれますよ」

「でも・・・私たちを捕まえようとする、悪い人たちもいるんじゃない?」

「まぁその場合でも、最初は大人しく振舞うので、急に撃たれたりはしませんよ」


 セネカ、通路を右に曲がる。

 雑多な資材で、通路がふさがれていた。

「来たー!」「何だ? ロボットか?」「海賊め!」

「えぇ!? ちょっと!?」

 銃声。気圧が低いので、距離が近いのに小さい音に聞こえる。


 セネカ、咄嗟に身を引く。「鎧」の動作補助のおかげで、素早く曲がり角に逃げ込むことが出来た。左腕を銃弾が掠める。キンッという甲高い擦過音。

「いたっ」思わず反射で口にする。

「痛くないだろ」ブリオが突っ込む。


          **


「危ない、下がってください」

 ギリクがマルガリータを庇う。が、振り向くとマルガリータがいない。

 目を上げると、遠くのエアロックに逃げ込む姿が見えた。


「ギリク! マルガリータを連れ戻せ!」

 バイザーの内側に、小さな画面で着信。ジョセフィーヌからだ。「戒めの銀髪」をかきむしっている。

「いや、でも士官ですし・・・」

 兵が士官に触れるのは、「星の人」社会ではタブーなのだ。


「構わん。私が許可する。

 そもそも、鎧を着てるんだから、触ったことにならん。

 必要なら、押し倒せ!」

「いいんですか。じゃあ遠慮なく」


 マルガリータは、ミサイルで空いた穴から、外を見ていた。

 エスリリスまで、随分距離がある。

 育成師団で、宇宙空間での生活と戦闘の訓練も受けている。銀河ハイウェイ建設を進める「星の人」にとって、宇宙での活動は必修科目だ。

 しかし、訓練で使ったのは、通常の宇宙服である。移動にはイオン推進を使う。

 「鎧」に特有の、人工重力を使った機動は、経験がない。


 “うーん、このまま一人で、忘れ物を取りに戻れるでしょうか?”

 ちなみに、何を忘れたのかは、逃げた後に考えるつもりだ。

 マルガリータが自問していると、静かに後ろに現れたギリクが、コツン、とぶつかった。


 マルガリータの体が、すーっと、虚空の中に進んでいく。

「え? わ、わー!!」

 じたばたするが、もちろん、何の役にも立たない。

「ちょっと誰か~!(涙)」


 首根っこを、ギリクが掴んで、引き戻した。

「迎えに来ましたよ、マルガリータ」

「あ、ありがとう、ギリク」


 呼吸を整えてから、マルガリータは尋ねた。

「ところで、今、押さなかった?」

「いえいえ、滅相もない」

 ギリク、大げさな身振りで、否定して見せた。

「ふーん?」


 マルガリータはギリクをじっと見つめた後、バイザーの透過率を上げた。

 透明感のあるプラチナブロンドが、星の光を受けて輝く。

 その微笑みは天使のようだった――見た目は。

「私、覚えておくわ。今日のこと。いつまでも忘れない」


 現役の機動歩兵として、肩で風を切るように生きてきたギリクだったが、この時初めて、胸が締め付けられるような不安を感じた。

「いえ、そんな。忘れてください」

 そう言うと、マルガリータを支えて、再び船内に戻って行った。

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