第4-2話:渡し守の小言
「おい見ろ、ダハム、緑だ!」
ヴィジャイの声で、ダハムは回想から現実に戻った。
ダハムは、船長より一段高い位置にある、提督席に座っている。
クロード家の当主が代々、提督として、艦隊を指揮してきた。
更にクロード家は、テロン共和国の執政官を務める「執政三家」の一つである。
貴族の中でも、最高位の格式、ということになっている。
だが、クロード領の実態は、人口わずか3万人。村のような、小邦に過ぎない。
大陸一つを統治する、ドゥルガー家やファントゥ家とは、比ぶべくもない。
こんな小国で、格式張る必要なんてない、とダハムは思っている。
なので、ヴィジャイの不躾な口調は気にせずに、明るい声で応じた。
「緑が、こんな外側を飛んでるなんて、ついてるな」
**
前方には輸送コンテナ――彼らの言葉では「恵み」――が飛んでいる。
クロードの民は、長年に渡って「恵み」を受け取ってきた。なので、色で中身を見分けることができる。
灰色のコンテナには、金属や食料といった、様々な資源が入っている。
稀に、金色の線が、六面を取り囲むように走るコンテナがある。この中身は、金や白銀といった貴金属や、レアメタルだ。
緑のコンテナには、機械が収納されている。
全く理解不能な、謎の装置が入っていたこともあるが、ほとんどの場合は、超電導バッテリーだ。
この超電導バッテリーこそ、彼らが最も重宝する、貴重な恵み。
膨大な電力をもたらしてくれる、「充電済」のバッテリーなのだ。
**
千年前。惑星テロンの移民団が、この恒星系に到達した。
閉じられた船内で、数世代を要した旅路に、すっかり疲弊していた。
しかし、ようやくたどり着いた恒星系に、彼らを迎え入れる大地はなかった。
液体の水が存在し得るハビタブルゾーンには、小惑星帯しかなかったのだ。
2つの固体惑星は、片方は恒星に近すぎて灼熱地獄、もう一方は極寒。
やむなく、移民団は、小惑星帯にコロニーを建設しようとしたが、エネルギーが尽きた。
全滅の危機に瀕して、移民団は「箱舟」と呼ばれる選別を行った。
公式の歴史では、移民団の9割が、自ら命を絶ったことになっている。
しかしダハムは知っている。そこに凄惨な闘争があったことを。
そして、残酷な「人減らし」を行ってもなお、滅亡は時間の問題だったことを。
そんな中で、祖先たちは出会ったのだ――「恵み」に。
獲得したバッテリーと資源で、辛くも生き残ったのだ。
**
ザッカウ-1は、緑の恵みを目指して前進。
しかしその動きは読まれており、2隻の作業船が待ち構えていた。
「蟹」は、合計4本のアームをコンテナに伸ばす。
ザッカウ-1が先にコンテナを掴んだが、2隻対1隻で、明らかな劣勢。
そこに、ビデオ通信が届いた。
「こちらコカーレンです。ザッカウ-1、良く聞きなさい」
三つ編みを肩に流した女性がディスプレイに現れる。
クロードの民はコカーレンを、渡し守のような存在と捉えていた。
女神から「恵み」を受け取り、いずことも知れない場所へ送り出している。
千年の間、全く容姿を変えることなく、渡し守を続けているので、ただの人間ではない。
「恵み」を受け取る際に、色々と小言を並べてくる。
これは、忍耐や礼儀を教えるだめなのだ。
そのように、解釈されていた。
小言はうるさいが、女神の眷属なのだから、失礼な態度を取ってはならない。
ヴィジャイがニヤっと笑い、表情を隠すように、頭を下げた。
**
「そうやって輸送コンテナを略奪していると、怖い人が来ますよ!」
これが、コカーレンがいつも口にする、脅し文句だった。
最初に脅された時、クロードの民は大いに恐怖した。息をひそめて、輸送コンテナが飛び去るのを眺めていた。
しかし、「怖い人」は現れなかった。
今では、「渡し守の小言」は、大言壮語や虚言を意味するようになっている。
ところが今回の渡し守は、様子が違った。
いつもは、ぷりぷりと怒った顔をしているのに、妙に穏やかな表情。
「警告はしました」
小言をわめくこともなく、短く、静かに告げた。
「ついにその時が来たのです」
それだけ言って、通信は途絶した。
船長はダハムを見た。
「このまま続けます」
「ああ」
今回もハッタリだろう。
そのようにダハムは判断した。
ディスプレイで繰り広げられている、「恵み」の引っ張り合いを眺める。
すると急に、作業船2隻がコンテナを離した。
ダハムは無言で、遠ざかる作業船を注視する。
その背後で、星空が、ゆがんだ。
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