第4章:女神の星駅/海賊

第4-1話:少年ダハム

 号令がかかり、無重力状態の中、乗組員が慌ただしく飛び回り、配置につく。

 ダハムも、慣れない様子で、慎重に進路を変えながら、ブリッジに向かう。


「ぐずぐずるするな!」

 後ろから迫ってきた男が、邪魔そうな顔をして、声を荒げた。


「こらっ、ヴィジャイ」

「止めろ、グルティープ」

 傍らに寄り添う、初老の男性が叱ろうとするのを、ダハムは止めた。


「世子に対する態度ではございません」

「僕が実力をつけるのが先だ。そのために船に乗ったんだろ」


 ダハムはまだ14歳だが、士官候補生の立場で、ザッカウ-1に乗船していた。

 ブリッジでは、船長の隣の席を与えられている。

 提督席を勧められたが、固辞した。そこは、クロード家の当主が座る場所だ。

 自分にはまだ、その資格がない。

 それをダハムは、はっきりと自覚していた。


          **


 ザッカウ-1、ザッカウ-2の2隻が並行して、慣性飛行している。

 眼下には、H型の構造体が見える。恒星の光を受けて、鈍く光っている。


「そろそろだ」

 緊張が高まっていく。そして、

「星空が、ゆがみ始めたぞ!」

 という声があがった。


 ブリッジには、大型ディスプレイが設置されていた。正面と左右の3面で、ほぼ180度をカバーしている。

 そこに映る星々が、動き出した。星座の形が変形し、やがて動きは止まった。


 ブリッジ内は沈黙。

 突如、視界一杯に、光の群れが出現した。

 輸送コンテナ群がワープアウトしたのだ。その数、約200個。

 輝線を引いて、流れていく。

 ダハムは、その光景に圧倒された。


          **


 ふと気づくと、船内は祈りの声で満ちていた。両手を挙げて祈る者たち。握りこぶしで胸を叩きながら祈る姿もあった。


 荒くれ者のヴィジャイも、両手を挙げて、熱心に聖句を唱えていた。

 ダハムの視線に気づくと、照れて顔をしかめる。

「俺は坊主の言うことは信じないよ。

 功徳とか、地獄とか、嘘っぱちさ。

 地獄と言うなら、そもそも俺たちの暮らし自体が、地獄みたいなもんだ。

 狭くて、寒くて、食い物もまずい」


 ディスプレイの輝線を指さす。

「だけど、女神さまがいらっしゃるのは、間違いねえ。

 こうして『恵み』をくださって、俺たちに『生きろ』って言ってるんだ。

 いつかきっと女神さまが、俺たちを大地に導いてくださる。

 俺はそう信じている」


 輸送コンテナが流れていく光景は、ダハムの心に、強烈な印象を残した。

 これまで、「聖墓」の女神像を見ても、司祭たちの説教を聞いても、「豊穣の女神」のことを、真剣に考えたことはなかった。

 だが、人知を超えた神秘があることを、ダハムは知った。

 「女神の恵み」は実在する。それは、神話ではなかったのだ。


          **


 ダハムの感動が冷めやらぬ間に、船内は喧騒に包まれていた。

「蟹が来た!」

「掴んだか?」

「掴んだ! でもあいつも掴みやがった!」


 「恵み」は12mの立方体。

 それをザッカウ-1と、「蟹」と呼ばれる作業船が、それぞれのアームで掴み、取り合いが始まっていたのだ。


 ザッカウ-2が、ゆっくりと「蟹」に接近する。

 衝突する、というぎりぎりのタイミングで、「蟹」はコンテナを離した。

 ザッカウ-2との衝突を避けるように、進路を変えて、遠ざかっていく。


「無理やり奪い取っているじゃないか!」

 周囲の大人は、ある者は苦笑し、ある者は怒った顔で、ダハムを見つめた。


「これは、女神に課された試練なんだ」

 と船長が諭す。

「女神は、恵みを座して待つ者を好まれない。

 自らの力で、恵みを取りに来ることが求められている」


 この船旅で、ダハムはもう一つ、大切なことを学んだ。

 欲しい物は、手を伸ばして、掴み取らなくてはならない、と。

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