第2-8話:マルガリータの開眼
ジョセフィーヌは腕輪を操作して、空中ディスプレイを表示させた。
金髪の女性が、料理を紹介している。
2Dや3D映像の脇にあるバイナリデータは、「レシピ」データ。これを厨房機械に投入すると、そっくりな料理を作ってくれるという優れモノだ。
味や香り、食感の再現度も極めて高い。
レシピの品揃えの膨大さと実用性の高さで、銀河系屈指の注目ブログとなっている。ユーザー名は、@margari_gaburi 。
「お前の料理ブログだけどさ」
マルガリータは、ハッとした表情で、身体をこわばらせた。
「 それは私じゃありません」
「地球の料理も紹介されてる。軍の現役じゃなければ出来ない芸当だ」
「きき記憶にございません(汗)」
無視して画面をスクロールさせる。
「こういうの、みんな『日本食』って書いてあるな」
パスタやピザの画像が現れた。
「お前、もしかして、日本で食べたものは全部『日本食』で紹介してない?」
マルガリータ、冷や汗をだらだら流している。
「これを見て、この国の人たちには何て言われるかな?」
「やっぱり、怒られちゃいますかね?(涙)」
ジョセフィーヌは、マルガリータを勇気づけるように、微笑んだ。
「安心しなさい。大丈夫だ。
むしろ、こう言ってくるさ。
『ぜひ、本物を食べに来てください。
宿とお土産も用意します!』とね!」
**
ジョセフィーヌは、人差し指をくるくる回して、惑星を表現した。
「所詮、惑星の経済圏は、ゼロサムゲームに過ぎない。
一つのパイの奪い合いだ。
誰かのシェアが伸びれば、他の誰かのシェアが小さくなる。
小さくなった方は、なりふり構わず、奪い返しに来る。
結局、一定以上の規模には、成長しようがない」
次に、両手をばっと広げて、銀河の広がりを表現する。
「それに比べて、銀河ハイウェイ上で交易している国は、何万とあるんだぞ。
貿易も観光も、今の十倍、百倍、千倍に拡大するチャンスだ!」
マルガリータの肩を掴むと、ずいっと顔を寄せる。
「そんな時に、自国の文化が、間違った形で紹介されていると気づく。
地球調査官に悪意はない。ちょっとした勘違いだ。
だったら、その勘違いを正してもらおう、と思うはずさ」
また水割りをぐいっと流し込む。
「自国の文化に少しでも自信があるなら、向こうから売り込んでくる。
これが本物です。こちらを紹介してください、とね。
お前は、地球人が『ぜひ、食べてください』と持ってきたものを、
彼らを助けるために『食べてあげる』。
これで良いのさ!」
マルガリータは、衝撃を受けてのけ反った。
今まで、「調査」を実現するために、金策に駆けずり回っていたのに。
「ニンジンをぶら下げ・・・じゃなくて、
将来の成長ビジョンを示すんですね!」
「そのとおり! 君なら理解出来ると思っていたよ!」
マルガリータの頭をナデナデする。
それでもマルガリータには、遠慮する心が、微かには残っていた。
「でも、私だけ食べるのは不公平では?」
ジョセフィーヌは、わざとらしくため息をつくと、
両眼を手で覆い、天を仰ぐ。
「お前は、情報軍の事業の崇高さを、理解していない」
**
「いいか、我々は、帝国のためだけに働いているんじゃないんだぞ!」
ビシッとマルガリータを指差す。
「星間種族は、かつていくつあった?」
「えーと、 20です」「今は?」「 10です」
「どうして半減したんだ? 」
「・・・帝国が滅ぼしたんですよね?」
「そうだ。機動歩兵や艦隊派に任せたら、いずれ銀河系は、一つの文明、一つの価値観に収斂してしまう。
そうなったら、視野狭窄になって、正しい選択ができなくなる。
待っているのは、生命種としての活力を失った、緩やかな死だ!」
ジョセフィーヌは、大げさな仕草で、マルガリータの顔を両手で包むと、
青藍の瞳で、じっと覗き込んだ。
「いいか、我々の仕事は、戦争を回避するだけじゃない。
文化を保護し、価値観や思考の多様性を守ること。これが大事だ。
我々は、人類という種そのものを、滅亡から救うために活動しているんだ!」
マルガリータは、愕然となった。
既にかなり酔っ払っている。
「自分が食いしん坊なだけだと思っていましたが、違うんですね!」
「そうだ! それは食欲ではない。
全人類を救いたいという衝動なんだ!」
「今まで、すごく遠慮してましたけど、もうためらいません! 人類のためですから!」
「人類のためだ! 遠慮なく食べろ!」
**
カウンターから、タカフミとジルが、異様に盛り上がる2人を眺めていた。
「マルガリータ・・・今まで遠慮していたんだ」
「あんまりジロジロ見るなよ。ヤバさが伝染るぜ」
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