第2-5話:懐かしき面影

「マリウス、行きたい店はあるか?」

 ジルは、機動歩兵を解散させた後、横で突っ立って見ていたマリウスに聞いた。


「『黒曜石』にしよう」

 マリウスが即答したので、ジルは驚く。

「意外だな、お前が店にこだわるなんて。料理が旨い、とかじゃないよな?」

「理由は二つある」マリウスは指を2本上げる。


「まず、一番近い」器用に人差し指だけ降ろす。

「それから、バーテンダーがいる」中指も下ろした。

「バーテンダー?」

 ジル、首をひねる。少し考えて、何か気づいたようだ。

「そっか。そういうの、いてくれた方が楽かもな」


「タカフミ、お前も来いよ」

「自分も一緒に行って大丈夫か?」

「当然だ。それに、艦隊の他の士官にも会わせたい。一緒に行こう」


 機動歩兵たちが街に向かうのを見送ると、マリウスは腕輪に触れて、

「『バケツ』を寄越してくれ」と指示。

 石畳の道の脇で少し待つと、無人の車両が、音もなく滑りこんできた。


 「バケツ」は、短い楕円形をした車両。少人数用で、自動運転。

 車体はカーキ色。ちょっと固そうな座席が4つ。屋根はない。タイヤもない。


 前の席にマリウスとタカフミ、後ろにジルが乗り込んだ。

 マリウスが「黒曜石へ」と告げると、車体が少し浮遊し、静かに動き出す。


          **


 タカフミは、青空を眩しそうに見上げた。

 人工の構造物の中で、青空が見えるというのが、腑に落ちない。


「あれは、本当の空ですか?」

「いや、あれは映像だ。そこに見える川もそうだ」

「へぇぇ」「ほぉぉ」

 タカフミだけでなく、ジルも驚いたような声を上げる。


 マリウスはジルを振り向く。

「前に別の駅でも言っただろ。木も、本物と映像が混ざっている」


 景色を眺め、それから風に揺らぐマリウスの黒髪を見て、タカフミは思った。

“「星の人」の世界では、実物と虚像、自然と人工物が、ごく普通に混ざり合っているんだな”、と。


          **


 軽くお茶をしてから、ステファンは艦隊派スタッフと別れ、建物を出た。


 呼び出した「バケツ」に乗り込んだところで、腕輪に着信があった。

「一緒に乗せてくれないか?」

「ええ、ちょうど来たところですよ」

 ステファン、現在位置をジョセフィーヌの腕輪に飛ばす。


 少し待つと、ジョセフィーヌが現れた。バケツに乗り込んできた。

「久しぶりだな、ステファン!」

 両手で包み込むように、ステファンの頬に触れて、顔を覗き込む。

「凛々しくなったなぁ」

 真っ赤な髪に触れる。


「このまま2人で飲みに行くか?」

「いえ。みんなが待ってますよ」

 ピポン、と控えめな音が鳴った。画面には「早く目的地を言って」とメッセージ。

「黒曜石へ」

 二人がシートベルトを着用するのを待って、「バケツ」が動き出す。

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