13話 どうやらこの村の治安は案外いいところらしい

「お母様‼」

レンはサレンミルの姿を見て直ぐに走った。そして、無邪気な子供のように母親に飛びついた。

「おぉ、私の可愛いレンよ」

とサレンミルはレンの頭を撫でる。幸せそうな顔をしているレン。

一方で俺はサチの方を見た。俺の横で兄であるレンの事を憐れんだ目で見ている、俺が初めて会った時の事を考えると完全に逆のような気がする。一体どこでこの2人は変わってしまったのだろうか。

とここで

「サチもこちらにいらっしゃい」

とサレンミルがサチに手を差し伸べる。だが、

「いえ、私はここが一番になりましたので結構です」

と俺の手を掴んだ。それを見たサレンミルは

「ふふ、そうですか」

と怒りも悲しみもせず、ただ何処か余裕そうな笑みを浮かべているだけだった。

「さて、ではお前の要件を聞こう魔王の部下よ」

と顔を切り替え俺の方に話を振ってくる。

「あぁ、そうだな。じゃあ、要件を簡潔に言おう。と言いたいところだが先に兵を下げてくれないか?先ほどから鬱陶しくてかなわない」

周りのテントから感じる殺気…これは俺にずっと向けられたもの

「おっと、それはすまなかったの。皆の者‼今から私が良いと言うまでこのテントに近づくな、良いな?」

とサレンミルが叫ぶ。すると、先ほどまでの殺気が嘘のように消えた。

「では、こちらに入るがよい」

俺たちはサレンミルの案内でこの村で一番大きなテントの中に入ったのだった。

テントの中は普通の家のように椅子やテーブルが置いてあった。テントの中にこういった家具があると言うのはとても違和感があったが直ぐにテントという事を忘れる程慣れる事になる。

「さて、では改めて要件を聞こう」

「あぁ。前にも言ったが、私の要望はお前の子供である、レンとサチを貰う事だ」

これはサチにこいつサレンミルが憑りつき、戦った時に言った事だ。

「では、逆に聞こう。私の要望を憶えているか?」

「覚えているさ、お前を殺せばいいんだろう」

正直、子供の前レンとサチでこんな会話をしたくなかったと思いつつ答える。

「1つ問おう。今のお前で私に勝てると思っているのか?」

この村で最大の殺気を感じ取る。だが、

「あぁ、勝てるとも」

俺は態度を変えずに対応する。事実的には勝てる確率は半分程だが引き下がっては負けだと強めに出ている。

「…そうか、では私の要望を聞いて欲しい」

殺気がどんどん弱くなっていき告げる。

「あと1…いや3日でいい私の子供たちと別れる心の準備をさせてくれ」

と先程とは別人のように俺に頼み込んでくる。

「…分かった」

と俺は言うしかなかった。子を失う母親の気持ちというのは何故か分かってしまうところがあったからだ。

だが、あれほど狂暴だと表されていた彼女が襲い掛かってこない事に少し疑問を覚えたが時間は人を変えると勝手な解釈で俺の疑問を掻き消したのだった。

「そうか、なら早速今日は宴にしよう」

俺の言葉を聞いた彼女は顔を明るくし急いでテントから出て行った。

その場に残されたのはいつもの3人組(レン サチ 俺)。俺はサチに先ほど疑問に思った事を聞いてみる。

「お前の母親はいつもあんな感じなのか?」

「いや、あそこまで喜ぶ人では無かったと思うんだけど…」

子供たちが居なくなった事で何か心変わりを起こしたのだろうか?

「というか前と比べて案外簡単に承諾を貰えたな」

「お母様…いや獣人は恩を大事にするからな。一生の恩には一生の恩で返す。これは他の種族にはない考えだ」

とレンが語る。そういうものなのだろうかと少し引っかかったがその思考は…

「準備が出来ました」

というサレンミルの声によりほとんど無いものになった。

テントの外に出てみると、30人ぐらいの獣人の姿があった。意外と少ないなと思いつつ俺は宴の席に案内された。

席に着くと

「私の子供たちが帰り、新たな主人を見つけてきた。この祝いを行う皆、器を持て」

周りを見ると全員(レンやサチを除く)が木の器を持っていた。そして、

「乾杯!」

と何処の世界も変わらない乾杯が行われたのだった。


「アシュ君、いっぱいお肉貰って来たよ」

と大量の肉を器にのせているサチが近づいて来た。

獣人族の宴の多くは肉であり牛や豚、後は兎の肉が焼かれており、野菜要素としてストロベリーの様な果物が大量にあった。

サチが持ってきた肉を貰いつつ、周りを観察するとロストレイン王国より盛んではないが皆が楽しそうに笑っている、これは恐怖や薬では再現できない笑顔だった。

「…そこの方この飲み物はいかがですか?」

先程までサチの声がしたところから別の声が聞こえる。声のしたところを見ると全く知らない子供がピッチャーを持って立っていた。どうやらサチはまた肉を貰いに行ったようだ。

「あぁ、ありがとう」

と俺はその飲み物を受け取り口に含む。

少し生臭かったがお酒に近いものだとすぐに分かった。慣れると意外と美味しかった為、少々多めに飲んだ。

こうして微かに楽しい時間が過ぎて行ったのだった。

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