4話 白日
「前まではこの部屋の浴槽に水を溜めて飛び込むと、元の世界の自分が入って来た水溜まり付近にワープしてたんだけど」
そういって水早は俺を風呂場に案内した。
シャワーと浴槽が一つの、普通の風呂場。
水早は蛇口を浴槽に向けて、水を出した。
「御覧の通り」
水早が捻ったはずの水道からは、水が一滴も出てないし、出る気配もない。
「隣の部屋の浴槽はダメなの?」
「うん。他の部屋も試した。だけど普通の水が出るだけで元の世界には戻れなかった」
「この部屋だけ水道から出てくる水が違うのか」
「そう。ツユが落ちてくるとき、沢山の
「バブル?」
「なんか、こう、シャボン玉みたいだけど、ぶよぶよした奴」
水早はそう言いながら手で何かを揉む仕草をした。
「あのぶよぶよ、
「そう。
「ほう?」
俺は首を傾げた。
「そこらへんは難しいから省くけど、とりあえず元の世界に戻るには、その特別な水の中に全身ダイブする必要がある」
そう言うと水早は手招きしてベランダに向かった。
「あそこ、見て」
風で靡く髪の毛を尻目に、水早が指さす方を見た。
「ビル?」
俺の視界に、一際大きく明らかに異彩を放つ一つのビルが映った。
目を凝らしてみると、そのビルは20階以上ありそうな高さで、所々窓ガラスが割れている。そして数階までツタの様な緑に浸食されている。
「そう。あのビル」
「そのビルの最上階に、プールがあるんだけど、そのプールの水も特別な水なの」
「じゃあ、あのビルの屋上まで行きゃあ元の世界に戻れるんだな?」
「まあそう言うことだけど……」
「んじゃ行こうぜ。案内してよ」
俺はそう言うと部屋の中に戻った。
「え、ちょっと待ってよ!」
水早も慌ててリビングに戻り、俺を呼び止めた。
「ん?」
「あのビルまで結構な距離あるし、道だって崩れてる。それに……」
「それに?」
「
「うじゅう?」
「
そう言って水早は廊下に行くと、とあるものを持って戻って来た。
「これ!」
水早は自慢げに俺に見せつけるのは、子供が遊ぶときに使うような玩具の水鉄砲」
「ん?それ、おもちゃだろ」
「これ自体は玩具だけどね、タンクに
「俺ら人間には害無いんよな?」
「そだよ」
「おっけ」
「ああ、あと、行くまでに汚れるだろうから着替えよっか」
「俺着替えないんだけど」
「私のやつ着る?」
「ああ!?」
「じょーだん」
水早はそう言うと悪戯した子供みたいに無邪気に笑った。
「隣の707号室に男の子用の服あるから、それ着てきなよ」
「ああ……わかった」
俺は一度708号室を出て隣の部屋に入った。
(なんなんだあいつは……)
リビングに行くと、立鏡があった。そこに映る頬が赤くなった自分を一瞬だけ見て、顔を横に振った。
ロッカーを開けると何着かの夏服がハンガーに掛かっていた。
俺は部活のチームTシャツを脱ぎ、ゆったりとしたシルエットの黒のカーゴパンツを履いた。
ウエストにかなりの余裕があったのでベルトも手に取り、トップスを探した。
適当にクローゼット内を物色し、真っ白のタンクトップを手に取った。
インナーも袖が無いので、色々と透ける心配もないだろう。
タンクトップをタックインして黒のベルトを一番奥で閉める。
金色のネックレスを付け、右手の薬指に指輪を付けた。
ベルトループにシルバーのチェーンを繋げ、キャップを被った。
リビングの立鏡で確認すると、いつもオフの日に自分がしているようなストリート系のコーデが出来た。
俺は着替えを持って水早のいる部屋に向う。
「水早!良ーい!?」
俺はドアを少しだけ開けて水早に声を掛ける。
「もういーよ!」
水早の声を確認し、俺はドアを開けた。
玄関。そこには同じく着替え終わった水早が立っていた。
膝より少し上で、太ももが少し見えるくらいの長さのデニムのハーフパンツに、トップスは白のオーバーサイズの赤いロゴが入ったTシャツを着ている。
そして真っ白のショルダーバッグを掛けていた。
「はい!服とかこれに入れて!あとカロリーメイトと水と水鉄砲入ってるから」
水早は俺に自分が持っている物と同じ白のショルダーバックを差し出した。
「あんがと」
(気が利くな……)
俺は白のショルダーバッグを受け取ると、それに部活用のジャージを入れた。
「あーあと……。靴もこのスニーカーに履き替えてくれない?」
水早は下駄箱の中から白のスニーカーを取り出して俺に渡した。
「良いけど……なんか理由が?」
「このスニーカーもあの特別な水と同じ成分入ってるの。
「マジでなんでもアリだなこの世界は」
俺は驚きながら流されるがままにスニーカーへ履き替えた。
部活のランシューをビニール袋に入れて、それもショルダーバッグにしまう。
水早はショルダー付きのタイツのようなものを履いており、そこに二丁拳銃の水鉄砲を閉まっている。
「んじゃ、行こっか」
水早がそう言うと、俺は玄関の扉を開けた。
「じゃあこの世界にもっと慣れてもらうために、特別なルートで行こう」
水早はそう言うとエレベーターには乗らず、通路の天井から垂れている梯子を登り始めた。
「ん?どこ行くの?」
俺はそう言いながら水早に着いて行く。
梯子を登りながら上を見ると、空が見えた。雲一つない快晴が。
梯子を登ると、圧巻の景色が広がっていた。
視界を埋め尽くすほどの圧倒的な量の 白 。
風で靡きながら、当然の如くそこにある 白 。
一つ一つは大きくなくとも、その量で青を埋め尽くす。
「マスク?」
処理しきれない疑問と情報量を、脳が吐露した。
この集合住宅、家屋番号22の屋上には
大量の不織布マスクが干されていた。
洗濯ばさみで片方の紐を挟み、靡く不織布の白。
花びらの様に見えるし、鯉登りの様に見えるし、ただの洗濯物の様にも見える。
だけど、なぜか綺麗だ。
「びっくりしたでしょ?」
そう言って水早は俺の顔を覗き込んだ。
「私とお姉ちゃんが初めて来たときから干してあるの。このマスク《子》たち」
水早は胸を膨らませて、大きく深呼吸する。
「うん。ビックリした」
「だよね」
「すっごく、綺麗だから」
「え?」
「いやさ、綺麗じゃね?このマスクたち」
「でしょでしょ!?お姉ちゃんは気味悪いって言ったんだけど、私はずっと綺麗って言ってるの!」
「なんか、エモいな」
水早と目が合った。
「いいでしょ?この世界も」
「悪くないな」
「じゃあ行こう!」
水早はそう言うと俺の手を握って走り出した。
俺は拒むことなく一緒に走り出す。
白と青が交差する視界が、時間みたいに一瞬で流れていく。
転落防止の錆びたフェンスが連なっている中で、一か所だけフェンスが崩れているところがあっる。
水早は俺の手を引きながら、その空間に飛び込んだ。
手を握っていた俺も、水早と同じようにそのフェンスの間から宙へと飛び込んだ。
7階。その高さから見える形骸水面世界の全貌。崩壊した世界。
数十分前に経験した、「落下」。
たまったもんじゃない。こんな高さから飛び降りるなんて。
それも、1日に2回も。
でも、今は一人じゃない。
繋ぐ手を心で確かめて、胸の高鳴る方へ。
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どうもです。作者のこたろーです。
4話まで読んで頂きありがとうございます。
2話から説明回が続いてしまったので、ストーリーを進めようと思ったら文章量が多くなってしまいました。申し訳ございません。
本作に限らず、僕は作品を創る過程で音楽を良く聞くきます。本作でも同様に刺激を受けた曲が何曲かあります。私のX(旧Twitter)でツイートしてますのでよろしけてばご覧ください。
4話は、本作でやりたかった「ストリートファッション」と「屋上の景色」について書けて楽しかったです。ストリートの服装は僕の趣味ですが、屋上の景色に関しては作品のメッセージ性と繋がります。
加えて、本作の世界線(2021年7月27日)は新型コロナウイルスは流行していません。
最期に思い出してほしいのは、「形骸水面世界あるのはどの様なものか」という点です。
5話以降もよろしくお願いします
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