第3話 カモミール

もう何日も雨が続いている。雨の日は自ずとお客さんも減る。重たい灰色の空を見ると、どんなに体調が良くても気分が沈んでいく。1年の中で、梅雨は特に苦手だ。


でも梅雨は、

「あっ!虹だ!」

「本当だ!大っきい〜!」

よく雨が降る分、よく虹が出る。下校する子どもたちが、笑い声と、カラフルな傘を地面にトントンと響かせながら、空を見上げてソレイユの前を通り過ぎていく。店の紫陽花も、雨露を浴びてきらきらと輝いている。

「そういえば、紫陽花の花言葉まだ知らなかったな。」

ふと気になって図鑑で調べた。紫陽花のページにはこう書かれていた。

「花言葉は、"乙女の愛"、"家族団らん"、か。…へぇー、色によっても花言葉が変わるんだ。」

こうして、自分のタイミングで、気になった時に、花については勉強するのが僕のスタイルだ。



今日は珍しく朝から晴れている。この時期にしては涼しく心地良い昼下がり、ある女性が訪ねてきた。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「えっと、プレゼント用のブーケを…」

「もしよろしければ、お好きなお花を入れてお作りすることもできますがいかがですか?」

「じゃあ、それでお願いします!」

「かしこまりました!」

僕はデニムシャツの袖をまくって、準備に入った。


「その子の好きな花とかはわからないんですけど…結婚祝いに贈るんです。なので、今の時期に合う花とか、結婚祝いによく選ばれる花とかでお願いしたくて。」

「かしこまりました。結婚式でお渡しするお花ですか?」

「あ、いえ個人的に。結婚式は再来週で、いわゆるジューンブライドです。6月に結婚式を挙げた花嫁は幸せになれるってやつ(笑)」

「素敵ですね。でしたら、せっかくなので6月が見頃の花をたくさんいれましょう。色味も、青、紫、白、この辺りの系統で揃えると綺麗だと思います。」

花を選びながら彼女の様子を伺うと、少しずつ表情が曇っていくのがわかった。

「ご気分悪いですか…?それとも、」

「大丈夫です。…違うんです、ちょっと不安で。」

「不安?」

「その子と、久しぶりに会うんです。大学時代の一番仲の良かった友人なんですけど、卒業間近に喧嘩してしまって、そこからずっと気まずくて…もう4年前になります。」

「そうだったんですね…。」

「でも最近、その子のSNSで結婚したことを知って。そのお祝いに何か贈りたいなと。何をあげたらいいかわからなくて、でもお花なら喜んでくれると思って今日ここに来ました。もちろんお祝いの気持ちも込めて、でもこの機会にちゃんと仲直りできたら…って。」

彼女が携帯で友人のSNSを見せてくれた。婚姻届や指輪の写真、幸せいっぱいの投稿で溢れていた。彼女の名前は栞奈、友人は詩織というそうだ。


「お待たせいたしました。いかがですか?」

完成したブーケを見ると、栞奈さんの不安そうな表情が、一瞬でパッと華やかになった。

「わっ…素敵。綺麗。ありがとうございます!」

「メインは紫陽花です。花言葉は、"乙女の愛"、"家族団らん"。」

つい最近得たばかりの知識だ。

「これはラベンダー。花言葉は、"優美"、"幸せが来る"。その隣にジャスミン。花言葉は、"愛らしさ"。こちらはライラックという花で、花言葉は、"思い出"、"友情"。」

「思い出…友情…。」

「そして最後は、カモミールです。花言葉は…"親交"、そして"仲直り"。」

「仲直り…?」

栞奈さんが、潤んだ瞳で僕を見つめた。

「ご存知でしたか?カモミールは、仲直りや謝罪の贈り物としてよく選ばれるんです。栞奈さんと詩織さんが、この花で無事仲直りできて、また以前の素敵な関係に戻れますように…と願いを込めて、選ばせていただきました。」

栞奈さんが涙を拭いながら話し始めた。

「っ………すいません。カモミールに、そんな意味があるなんて知りませんでした。他の花も、こんなに素敵な花言葉があるなんて…しかもどれも結婚祝いのプレゼントにぴったり。お願いして良かったです、本当にありがとうございます。」

「いえいえ。」

「…喧嘩の原因は私にあるんです。詩織は悪くない、でも時間が経つにつれて、どんどん謝りにくくなっちゃって、私は…本当はずっと、ずっと謝りたかった。距離をおいていた間もずっと、詩織の事でいっぱいだった。ずっと後悔してた。…だから、このブーケを渡して、ちゃんと伝えたいと思います。"結婚おめでとう"と、それから、"今までごめんなさい"って。」


「ありがとうございました。またお待ちしております。」

栞奈さんは、詩織さんへの想いが詰まったブーケを大事そうに抱えて帰って行った。



7月になり、暑さが本格的に厳しくなってきた頃、店に1本の電話があった。

「お電話ありがとうございます。ソレイユ、風間が承ります。」

「お忙しいところすみません。私、稲葉栞奈と申します。以前そちらで結婚祝いのブーケをお願いした…。」

「栞奈さん…!ご無沙汰しております。詩織さんには、渡せましたか?」

「はい。しっかり受け取ってくれました。仲直り、できました。カモミールの花言葉も伝えると、驚いて感心していました。その後、結婚式にも誘ってくれたんです!」

「そうだったんですね!」

「詩織のウエディングドレス姿…本当に綺麗でした。行けて良かった、仲直りできて良かったです。本当にありがとうございました。今日はそのお礼をどうしてもお伝えしたくて。本当はお店に直接行きたかったんですけど、仕事が忙しくて…なのでお電話で失礼します。」

「わざわざお電話いただけるなんて…こちらこそありがとうございます。その後どうなったかな、と気になっていました。無事に仲直りできたようで何よりです!」


電話を切った後、詩織さんのSNSが気になって検索すると、新しい投稿が増えていた。ウエディングドレスや、旦那さんとの写真、友人との写真の中には栞奈さんも映っていた。そして、

「あっ…これ。」

僕が作ったブーケの写真を見つけて、その投稿をタップする。そこには詩織さんのこんな言葉が綴られていた。

「"学生時代の友人がプレゼントしてくれました。カモミールの花言葉は、仲直りだそうです。ありがとう。かんなは私の、一番大切な友達です。"」

花には、誰かの背中をポンっと押す力がある。

「詩織さん、ご結婚おめでとうございます。」

そっと呟くと、店内に陽の光が差し込んできた。雨が上がったようだ。

窓の外を見ると、大きな虹が架かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る