第9話


出灰ハクアには前任者が居た。

彼女が回顧屋嶺蕩へと入社した時に、歓迎会と同時に決める時、その男を選んだ。

決して彼女が好んで選んだと言う訳では無い。

あの頃には既に、パートナーと言うものが定められていた。

それを崩す事が、出灰ハクアには申し訳ないと思っていた為だ。

だから、同じ様に相方が居ないその男を選んだのだったが、それが間違いだった。


『さっさと来いや、ノルマ達成出来ねぇだろうがッ』


大量の禍遺物を所持し、その負担を出灰ハクアに押し付ける。

彼女の体質上、押し付けた負担は肉体に対する負荷程度で済まされている。

だが、この男は出灰ハクアを自らの所有物として考え、禍遺物を大量に所持していた。


『新しい禍遺物発見ッ、おい、契りを結べ、トロいんだよ、バカ女』


使用する禍遺物を、その男が使用出来る様に、出灰ハクアは体液を用いた契約を行う。


『は、い…ちゅッ…ぐむっ』


禍遺物の接吻だけでは足りず禍遺物を口の中へと捻じ込まれる。

唾液と乱暴にされた事で、彼女の口からは透明混じりの赤色が垂れていた。

それに対して、出灰ハクアの姿は被虐的でありながら魅力に溢れている。

虐する事で、彼女は何よりも美しく着飾っている様に見えるのだろう。


『…へへ、何もお前が憎いから言ってるワケじゃねぇんだよ』

『俺ともっと仲良くなりたいだろ?…なら体の付き合いもするべきだ』


出灰ハクアは口を閉ざす。

抵抗する気力すら残っていない。

彼女の全てを毟り取られてしまう。


卑下た声色、漏れ出す情声。

肉体を侵害する熱を帯びた異分子を器が取り込む。

それは玩具の様に扱われ、そして道具として消費される。


しかし、そんな最悪の日々は長くは続かなかった。


『これから独立する、お前も来い』


出灰ハクアは、その時、初めて抵抗する。

独立とは体の良い言葉、実際は回顧屋との離反。

男は出灰ハクアが存在すれば、禍遺物の呪詛を受けずに済む。

つまりは、あらゆる禍遺物を使用する事が出来ると言う事実。

男は回顧屋の顧客名簿を盗み、禍遺物を売買しようとしていた。

客を取ると言う行為、絶対に許されない事だからこそ。

出灰ハクアは反論する、それは他人に迷惑を掛ける事だからだ。


『何を、俺の意見を否定するのか?』

『道具の分際でよォ!!』

『股を開く事しか脳の無い馬鹿女が俺に指図してんじゃねェ!!』

『黙って、俺の言う事に遵え、無能がァ!!』


それでも、出灰ハクアは首を横に振らなかった。

初めての抵抗、それに対して激昂する男。

その一瞬が、回顧屋・嶺蕩の店主…垰の介入を許してしまう。


結果として、男は奈落迦へ逃走した。

従業員による猛攻を禍遺物で回避したらしい。

だが、出灰ハクアが契りを断った事で、デメリットが生じた。

上手く逃げられてしまったが…それでも深手を負った状態で奈落迦に逃げた故に、死ぬ確率は高い。

故に、回顧屋としては追撃を中止し、出灰ハクアは保護された。


それが、前任者との遣り取りである。

出灰ハクアの目の前には、スカジャンを着込んだ金髪のロン毛が立っていた。

先程、部屋に入って来た二人の男の後頭部を握り締めると共に、握り潰す。

赤い血が部屋中に巻き散って、死体が地面に転がった。


そのまま部屋の中に入ると、憎たらしい笑みを浮かべて出灰ハクアに言う。


「久し振り、元気だったか?俺のハクア」


血で濡れた指先で、出灰ハクアの髪に触れる男。


「忘れてないよな?俺だよ、行方なめかた樟葉くずはだ」


忘れる筈が無い。

出灰ハクアの近年にて、一番の恐怖を植え付けられた存在。

行方樟葉。まさか、生き延びて『霊武難刀』に所属しているとは思わなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る