第7話


「では…扉を作ります」


出灰ハクアは指輪を指でなぞると、黒い煙が出現する。

黒い煙が一定の箇所に集まると、扉が出現した。

その扉は、奈落迦へと続く扉である、出灰ハクアは、事前に店主の垰から渡された鍵を使用する。

鍵を使用すると、事前に登録していた地点へと移動する事が出来る。


垰は既に、行方不明者の女性の情報を掴んでおり、潜伏しているであろう場所を言って見せた。

場所が分かっているのであれば、探すのは比較的楽であるのだが、実際はそう簡単には行かない事を、垰は暗喩する様に、一つの情報を教えてくれる。


『私達、回顧屋の様に、他にも組織は存在するのは知ってるかしら?』

『例えば、奈落迦を神と定めて神聖視する「鬼眼衆きがんしゅう」』

『例えば、悲劇の末に喜劇を生もうとする「ジュスヘルの天獄教パライゾ」』

『例えば、殺す事に脳を焼かれた「戮骸戰尽りくがいせんじん」』

『例えば…最近は行方不明者を弄び殺す、「霊武難刀レヴナント」とか…』

『一つだけ言う事があるのだとすれば…、組織と関わるとロクな事にはならない』

『けど、同盟組織じゃなければ大丈夫、さっき言った様な例文たちは同盟じゃないから』

『思う存分、やって来なさいな』


と、そんな台詞を聞いた事を思い出す。

その話が本当であれば、先程の三つの組織が、今回の行方不明者の存在を握っていると言う事になる。


「…」


狗神仁郎は思わず、自らの胸元に手を添えた。

心臓が高鳴っているのが分かる、鼓動は生きている証拠だ。

この音を聞く事が、狗神仁郎は何よりも好きだった。


「(久々に楽しみを感じてるな…今回の仕事は、面白くなりそうだ)」


行方不明者を探すだけならば此処まで喜々とした感情は乗らない。

狗神仁郎の行動理念は、何時だって心音の高さから来る。

それが例え自分の命が摘まれる可能性があろうとも。

鼓動が加速する以上は、狗神仁郎は死ぬ事も厭わないだろう。


「で、では…行きます」


鍵を回した事で、行き先が決定された。

出灰ハクアがドアノブに手を掛けた所で、狗神仁郎も意識を切り替えて彼女の後ろについていく。



『風死凪ぐ東骸街』

嘗て繁栄していた大都市が、劫傀によって風化した街。

数百年前の、とある非生が建設した休憩地点だったが、今では瓦礫と鉄骨の芯が地面から生える人工物の枯れた森と化していた。

劫傀が棲む場所ではあるが、狗神仁郎が周囲を見回しても、それらしい『敵』は見つからない。


「殺風景だな」


そう言いながら歩き出す狗神仁郎。

地面は灰色の雪が積もっている、それは正しく、灰であり、焼け落ちた建物の残滓であった。

しかし、風が無い為か、多くの足跡が地面に刻まれていた。

この場所だけが、時間が止まっているかの様な空気感。


「うぷ…っ」


喉を鳴らす。

この空気に慣れないのか、出灰ハクアは吐きそうな顔をしていた。

顔を蒼褪めている出灰ハクアの背中を擦る狗神仁郎。


「出灰さんは、此処で休んでな、俺が探してくる」


狗神仁郎は出灰ハクアの体調を気にしてそう言った。

しかし、出灰ハクアは首を左右に振る。


「い、いえ…来て早々、休む事は、出来ません、ハクアも探します、えぇと」


出灰ハクアは指を遠くの方に指した。


「二手に分かれて探しましょう、ハクアはあっちの方に行きます」


「分かった、何かあったら叫んでくれ」


出灰ハクアの提案を飲んだ狗神仁郎。

彼女を一人にして心配だと言う事は勿論ある。

だが、それならば最初から彼女を連れて来なければ良い。

これは仕事である、死が考慮された場所だ。

その中で効率の良い行動をするのが仕事と言うものだ。


出灰ハクアの提案は実に理に適ったものだ。

仕事としての彼女の姿勢を、狗神仁郎は尊敬していた。



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