第6話



「あの、いりがみさん…そろそろ、契りを結んで、良いですか?」


そう言われた事で、狗神仁郎はあぁ、と思い出す様に呟いた。

契りと言う言葉を聞いて、事前に垰から聞いていた事を思い出すと、彼女に顔を向けて指を出そうとした、その時にふと。


「あのさ、出灰さん、禍遺物は部分指定とか出来るかな?」


部分指定、と言うよりかは個別指定に近い。

狗神仁郎には三つの禍遺物を所持している。

その内の一つが、指に嵌めている二個の指輪型の禍遺物である。

狗神仁郎は、この二つだけ、契りを結んで欲しいと思って彼女に聞いた。


「? はい、出来なくは無いですが…」


狗神仁郎の質問に、どういう意図があるのか分からない彼女は、そう答えてくれる。

すると、狗神仁郎は安心しながら、指に嵌めた手をそのまま彼女に向けた。


「良かった、俺の禍遺物、デメリット消す為に編成してるからさ、…取り合えずはこれを頼むよ」


金色の指輪。

この二つは同じ効果を持つ量産型の禍遺物である為に、一括りにして一つの禍遺物として狗神仁郎は認識している。

指を出された事で、出灰ハクアは狗神仁郎の手を取った。


「はい、では、嵌めた指輪ごと手を出して下さい…ん」


唇を窄めると、ゆっくりと狗神仁郎の指輪に近づいていき、そして。


「ちゅ…っ」


狗神仁郎の指輪にキスをした。

彼女の行動に少なからず狗神仁郎は驚いていた。

それは彼女がキスをした事ではなく、指に嵌めている指輪が鎮まる感覚があった為だ。

禍遺物にはそこはかとなく嫌な感覚と言うものを感じる。

それは、禍遺物に残る呪詛が流れている状態であり、それが使用せずとも五感に対して障りの様なものを感じてしまうのだ。

だから、彼女の接吻で、指輪の流れが止まった様な気がした。

延々と、指輪の方を見ていた狗神仁郎に、きょとんとした表情で出灰ハクアは狗神仁郎を見つめている。


「…あの、いりがみ、さん?」


出灰ハクアは、呆然としている狗神仁郎を心配する様に顔を伺っている。

その視線に気が付いた狗神仁郎は、ハッと我に返り、直前に思い描いた感想を彼女の前で言う。


「…あぁ、いや、キスするんだなって、思ってさ」


指摘された事で、当たり前だと思っていた出灰ハクアは突然と顔を真っ赤にする。


「え?…あっ、い、いえ、これは別にっ、儀式的なもので、ご、ご迷惑でした、よね!?」


慌てている出灰ハクアは顔を歪ませている。


「あの、既に契りが結ばれた状態ですので、あ、アルコール消毒をして貰っても…ッ」


ポケットからアルコールティッシュを取り出す。

狗神仁郎の手を取って指輪に口を触れた部分を拭き出す。

エチケットとしてアルコールティッシュを持っているのだろうか、いや、彼女の場合は、自分自身を汚いと思っているから、人に触れる前に消毒をしてから触る事を心がけているかも知れない。


「いや、汚いとかそういうワケじゃないから…」


「そ、そんなわけ、には…いきませんから」


丹念に狗神仁郎の指輪を拭く、いや、それは最早磨くと言った行為に近かった。

綺麗に磨かれた金色の指輪は光沢を帯びている。

また、ピカピカに磨いたものだと狗神仁郎は指輪を眺めている。


「ま、まだ汚れがありますか?」


またアルコールティッシュを取り出して、心配そうな顔をしている。


「いや、大丈夫、大丈夫だから…あぁ」


指輪を気にすると、出灰ハクアも気にする様子なので、狗神仁郎はこれ以上は指輪の事を気にしない事にした。


「そ、そう、ですか…、はぁぁ…そうでした、普通の人は嫌がりますもんね」


深い溜息と共に出灰ハクアは細い指先、人差し指で自らの下唇に触れる。

前任者とは違うので、これからは気を付けなければならないと、出灰ハクアは思った。



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