第3話


回顧屋かいこや

名称からしてどの様な仕事を行う会社であるのかは不明。

その仕事内容は資源回収及び人材派遣会社である。

詳細を記載するとすれば、回顧屋かいこや嶺蕩レトロは大迷宮『奈落迦ナラカ』が仕事場であり、その迷路に落ちている異能を宿す道具・『禍遺物まがいぶつ』を蒐集するのが主な仕事であった。

他にも、他企業の要請に従って人材を派遣、詰まる所の雇われ傭兵として活動を行ったり、依頼内容によって活動する内容が決まったりする。


出灰ハクアはこの会社に才能を見出されスカウトされ、狗神仁郎は『奈落墜ち』の末に会社に拾われた。

本日より、狗神仁郎と出灰ハクアの合同任務、その初日であり、最初に狗神仁郎は回顧屋・嶺蕩の部屋へと訪れていた。


銀髪を団子状に二つ纏めた髪。

後頭部から伸びる髪の毛が腰元まで垂れている。

赤と黒の二色を基本とした旗袍チャイナドレスで着飾っている。

憂いを帯びた蒼色の瞳、桜の色をした口紅。

黄金色に塗装された煙管を片手に、妖艶な吐息と共に紫煙を吐く。


狗神仁郎を拾った恩人にして、狗神仁郎の雇い主。

回顧屋かいこや嶺蕩レトロの店主…タオだ。


妖しげな部屋の中に入ると共に、狗神仁郎は帽子を取る。


「どうも、垰さん」


目を伏せて挨拶を交わす。

狗神仁郎は、一秒たりとも、この女性と目を合わす様な真似はしなかった。

目を合わせてしまえば…取り込まれてしまう。

彼女の姿は際どいが、それが理由ではない。

言うなれば、麻薬だ。


麻薬は、摂取をすれば、それ以上に欲してしまう毒性がある。

垰は、正にそれなのだ。見れば見蕩れてしまう、心を奪われてしまう毒性を持つ。


だから、狗神仁郎は、垰に視線を長く向ける事は無かった。

それが持ち前の魔力であるのか、いや、それは違うと、狗神仁郎は思う。

大迷宮…『奈落迦ナラカ』と言う摩訶不思議な迷宮が存在する以上、其処から回収される代物もまた、不可思議な力を宿す。


精神に作用する恩恵であるのか、呪詛であるのかは知らない。

だが、目視し続けなければ、彼女の瞳に吸い込まれる様な感覚は陥らない。

だから、対策として、狗神仁郎は彼女の姿を長く視ないと言う選択肢を取った。


「なあに?胸を強調し過ぎて視線を逸らしちゃう?」


垰の艶のある声色は、夜伽を誘っているかの様に思えた。

彼女がそれを望んでいるかどうかは定かではないが、少なくとも狗神仁郎は望んでいない、だから相手の言葉に、狗神仁郎は愛想笑いを浮かべる。


「どうやら、俺には少し刺激が強過ぎる様です」


相手の言葉を否定する事も無く、自分を卑下する様に会話を返す。

垰の口先が煙管に近づくと、喉が開いて煙を喫う。

薄白の煙を口から吹かすと、上機嫌な様子で頬杖を突いた。


「そう、なら、今晩は空いてるわ、楽しまない?」


一夜を共にすると言う誘い。

それは冗談では無いのだろう、当人にすら分かる、相手の求愛。

悠然とした佇まい、恥じらいなど無い当たり前の様な誘惑は、当然の様に狗神仁郎には効かない。


「生憎と、仕事で」


再び狗神仁郎は帽子を被る。

垰の顔が見れない様に、深く帽子を被って目を覆う。


「ふぅん…仕事ねぇ、それって皮肉?」


狗神仁郎は答える事はしない。

皮肉と申したのは、垰に対しての事だ。

垰の誘い、一夜を共にしないかと言う提案に対し、狗神仁郎は、垰から振られた仕事があるからと断った。

上司、加えて女性、折角の申し出を断るなど、相手に恥を欠かせる行為でしかない。


しかし狗神仁郎は仕事を選んだ。

垰の誘惑に乗らず、しかし、垰の仕事を最優先にしたと言う相手の格を落とさぬ断り文句。

それに対して、垰は皮肉と言ったのだ。


「垰さんに対して皮肉は無い、むしろ皮肉なのは俺の方だ」


口を開き声を張る。

それは劇団の様に芝居打つ様に、狗神仁郎の言葉は乗りに乗っている。


「粉骨砕身、歯を食い縛り血が滲む様な作業、我が身を削り、残るのは皮と肉のみ…なれの果てには、ヨレヨレの皮だけだ、しかしそれは、全ては…」


手を伸ばして、垰の方に指先を向ける。


「血も肉も骨も皮も無くとも、この魂が貴方の為に全霊を尽す」


全ては上司の利益に帰結すると言う事を約束する。

波に乗った言葉に、軽く手を叩く垰は首を傾げた。


「口が上手い事、一体、何処から学んだの、それ」


狗神仁郎は口を引いて笑みを浮かべた。

帽子を深く被って狗神仁郎の顔は見えないが、彼の目は笑っていない。


「腹が空いた時に、辞書を煮込んで食った時から、ですね」


昔の事を思い出しながら、狗神仁郎は極貧生活の一端を噛み締めていた。


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