第2話



幼少期の頃から、出灰ハクアは他人に対する負の感情を集めやすい体質であった。

母親が彼女を産んだ時、父親が初めて彼女を見た時、出灰ハクアの顔を見て『気持ち悪い』と認識した。

生まれたばかりの彼女の肌は血の気の通っていない、白粉を塗りたくった様な姿、その瞳は赤く、先天的な色素不足。

ある人間にとっては天使の生まれ変わりだと人以上に愛を注ぐ事もあっただろう、だが、彼女の負の感情を集めやすい体質は両親が抱く生理的嫌悪感を増幅させた。

結果、両親の仲は悪くなり、彼女の家系は二年も経たずに離別、両親は二人とも彼女の相続を拒否し、親戚の家に転々と預けられる事になった。


親戚は彼女の姿に難色を示し、嫌悪感を表す表現として暴力を選んだ。

転々と親戚の家を巡り、小学生になった出灰ハクアは、喜怒哀楽が色強く出る多感な小学生たちの中で過ごす。

初めての居場所、此処に自分と言う存在が許される世界となるかと胸を膨らませた。


『うさぎおんなだ』『げろおんな』『きもちわるい』『あっちにいけ』


無論、境遇と容姿が、自分たちとは違う純粋な子供たちにとっては受け入れ難い、象徴的な『差別の理由』に、自身を正義と掲げ迫害を行う。

イジメと言う問題として、また数々の親戚の家を巡った結果。


『真っ白な肌だねぇ、うんうん、おじさんは気味悪がったりはしないよぉ?』


十歳の頃に預けられた家では、暴力以外の厭悪を受けた。

不幸の象徴として忌み嫌われた彼女は、この親戚のおじさんには別の感情を向けられた。

何故か、この親戚のおじさんの家は、鍵が全て壊れていた。

部屋もトイレも風呂場も、全てが壊れていて、芸術家と自称する親戚のおじさんは彼女の日常を写真で写すのが常だった。

部屋で着替えをする時も、トイレをするときも、風呂場で湯浴みをする時も、彼女の私生活にモラル無く介入し、時折、親戚のおじさんの疲れを癒すお仕事を手伝わされる事もあった。


ねっとりとした舌先の様な視線が肌をなぞる、暴力とは違う精神的凌辱は、彼女にとって安息など無かった。

それから二年間の心身の拷問の果て…、赤飯が出された次の日に、彼女は鍵の掛かった部屋へと繋がれる。


出灰ハクアと言う存在を世間から隠蔽し、親戚のおじさんと、出灰ハクアだけの世界で、芸術を作ろうとしていたのだ。

そんな地獄の日々が続く最中、しかし、転機が訪れる…、親戚のおじさんの家に強盗が忍び込んだ。

どうやら、名の通った芸術家である事は間違いなかった様子で、数々の美品と共に強盗は彼女が監禁された部屋を訪れる。


『こ、この部屋は、別に関係無いでしょう、欲しいモノはやったんだから、早く出て行きなさい』


親戚のおじさんは強盗に対して劣情の個展から出て行く事を口にした。

更に加えて、親戚のおじさんは金庫を取り出して現金も強盗に差し出して、警察を呼ばない事を約束し、この部屋を見なかった事にして欲しいと告げる。

鎖に繋がれ、人間としての精神性を失い、頭部に兎の耳を着けた玩具の人形として扱われる出灰ハクア。


そんな彼女を見た強盗は、個展の中に入ると共に語り掛ける。


『血は好きか?』


『…?』


直後、強盗は振り向くと共に、親戚のおじさんに向かい手で掴んでいた刃物を振るう。

脂肪を蓄えた腹部に何度も刃物を突き刺すと共に、首に刃物を薙いで血を噴き出す。

親戚のおじさんが苦しんで死に絶えている最中、強盗は家の中から彼女の鎖を解く鍵を持ってきた。

そして、手足に繋がれた鎖を解くと、強盗は言う。


『主は死んだ、もう居ない』

『それでも抵抗も反応も示さないって事は…こんな世界には飽き飽きって所か?』

『しがない強盗殺人者に出来る事は、いたいけな子供の鎖を解くだけだ』

『それ以上は自分の意思で動きな』

『死にたきゃ刃物をくれてやる』

『生きたかったら…服を着替えて、隣の人に百十番をお願いしな』

『まッ、お前が生きようが死のうがどうでもいいが…』

『もし生きる道を選んだのなら…どうか、俺の事は忘れてくれよ』

『俺は、薄汚い強盗殺人犯だからな、口は閉ざせよ?』


人差し指を口元に添えながら、大金を得た強盗はその場を去った。

生きる事も死ぬ事も、どうでもいい出灰ハクアだったが、体が動き出した。

どうやら、ほんの少しだけ、悪意に満ちた世界で出灰ハクアは生きる道を選んだらしい。


また、親戚の家に預けられる。

出灰ハクアは高校生になってもいじめられ、不登校に陥るが。

彼女の才能を見出し、この地獄から救われるのは、卒業後の春先であった。


これが出灰ハクアの人生観。

それでも彼女は幸せになれるのかは、この先の話次第だった。

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