STEP1 【賦役の性質を知ろう】

 貨幣が存在していなくても取り立てられる税、それは『労働力』です。よく漫画なんかで鞭を持った監督官が監視しているなか、石とか運んでいるシーン、ありますよね。で、倒れたら介抱されるどころか鞭で叩かれたり。

 しかし、古代~近代において『人口』は気軽に使い潰せるほど無尽層にあるものではありませんでした。

 自然災害・疫病・飢饉・戦争。これらのことがひとたび起これば、人口は減少します。労働人口が減るばかりでなく、体力のない世代……老人と幼児も亡くなり、とくに幼児が亡くなることが多いと、その世代が本来、労働人口となるべきときに『労働者がいない』ということになります。また、なにもない穏やかな時代に人口が増加していっても、食料生産の限界によって飢饉が発生し、すぐに頭打ちになります。

 食糧を余剰のある場所から不足する場所へ移動させるにしても、「国境」「購買力」「移送手段」等々、いくつもの障害がある。

 時代が下るにつれ、家畜や道具、機械によってマンパワーをより効率的に利用できるようになり、人口と経済力、という観点では、かならずしも人口に経済力が正比例するわけではなくなってきます。が、やはり労働力としての人口というのは、国力を測る目安のひとつです。とくに軍事力の観点からは、国内で兵卒の数を揃えられる、というのはおおきな強みでしょう。

 古代から近世にかけては、人口の多さが大国の条件のひとつだった、というのは断言できます。

 人口が多いということは、それを養うだけの食料生産能力(または外部から食料を購入してくるだけの経済力)があるということでもあります。

 なにか大事業(戦争含む)を行う際にも、人口が多い場合、他国の顔色をうかがう必要なく、自国内部で動員をかけて遂行できるメリットはおおきい。ここで周辺国と協調しなければいけないとなると、事業自体が前に進まない可能性が高いからです。

 ここでまず、徴募した『労働力』で、国はなにを行ってきたのかについて考えてみようと思います。


《兵役》

 国の防衛、または他国への侵略のときに徴募する労働力です。臨時もあれば恒常的に行われることもあります。

 基本的には将軍や軍団長といった、集団の統率者は貴族を含む職業軍人が務め(騎兵などの馬や装備がたくさん要る兵種も貴族で構成)、その下で指揮に従って戦う兵卒(歩兵)が、この賦役で徴募される労働力ということになります。

 この賦役のポイントは

①有事において徴募するだけでなく、平時においても訓練を行う必要がある。

②労働適齢期の若者を多数、農事などの生産性の労働から除外してしまうことになるので、計画的に徴募する必要がある。

③労役従事中の食料、場合によっては装備を国が用意する必要がある。(※)

④死亡、戦闘中の傷病によって兵役終了後に平時の生産活動に戻れない民の割合は、戦闘に勝利した場合でもそれなりに高い。

⑤平時の常備軍は持たないか、最小限度に留められることから、財政負担がすくない。

(※)古代中国の秦など、従軍するときの衣類や食糧は自腹で、「服がボロボロで、食糧を買うお金も底をついているので、今度こちらに来るむらの者に託してお金を送ってください」と実家に宛てた手紙なんかも残ってますが、兵士に購入させる食糧を準備して輜重隊に運搬させるのはやはり国でしょう。侵略する敵地で物品を購入するのは不可能ではないにせよ。


《特別な工事のための労役》

 皇帝の陵墓を造る、新しい城や城壁、掘を造る、干拓・治水のための河川の改修等、街道整備、大規模工事を行う必要があるとき、臨時に徴募される労働力です。(※※)

 資材の調達者、時別な技術者、労働の監督者を除く労働者が賦役によって徴募されることになります。

 既存設備に対する補修・修繕もこのカテゴリなので、新規工事はなくてもある程度の人数、毎年徴募されます。

 この賦役のポイントは

①労働適齢期の若者を多数、農事などの生産性の労働から除外してしまうことになるので、計画的に徴募する必要がある。

②労役従事中の食料、道具・住居は、国が用意する。

③工事の内容にもよるが、危険な工事の場合は事故による死亡、傷病によって労役終了後、平時の生産活動に戻れない民の割合は、それなりに高いと見積もられる。

(※※)じつはこのタイプの労役には、通常の賦役で徴募されてくる労働者のほか、犯罪者に労働刑を科すことで充当する場合があります。

 古代中国、漢代の記録などを見ると、大規模工事を行うときにちいさい罪でも容赦なく摘発し、労働刑を科し、工事が終わると刑期を終了させるようなことがあったようです。

 この場合、入れ墨をされ、足枷を填めて一定の監督のもと労働刑に服すわけで、鞭でしばき倒されることもあったかも知れません。ただ、大規模工事であればあるほど、労働力の中心は、賦役で徴募された人々でした。


《領主の農園等のための労役》

 領主は自分専用の農地や鉱山労働、塩田での労働力の全部または一部を、賦役でまかなうこともありました。

 毎年のことであり、領主は一定の人数を確保したいことから徴募する労働者(と家族)には自分の農地の一部を貸して(賦役とは別に地租も徴収します)引っ越しなど移動を制限します。農奴と呼称する地域もありました。

 この賦役のポイントは

①毎年、同じように徴募される。例えば、年間に領主の荘園で働く日数は六十日、というように定められるため、定められた日以外は自分の農地を耕せるので、生産性の労働を妨げない。

②労役従事中の食料は領主が用意する必要がある。

③基本的には毎年の作業であるため、鉱山労働などの危険度が元々高い労働を除けば、死亡・傷病などになる可能性は低いと見積もられる。


 賦役を考えるときに視野に入れておかなければいけないのは、「現在」、かつて賦役でまかなわれていた労働は、『金銭を対価として支払う労働力=雇用』で代替されている、という点です。ただし、兵役については近代に入って徴兵制が復活するなど、『賦役』の形態が復活している国もあります。

 もちろん、大規模工事・兵役などに関する賦役が廃止されたのは、人権等、近代に入ってからのあたらしい概念によって、「賦役を課すことは適当でない」と考えられている可能性もあります。ただしヨーロッパにおいては人権の概念が生まれていなかった、かなり早い段階で兵卒を傭兵制度などを利用して集め始めた例もありますから、『人権』の発明ばかりが原因でもなさそうです。

 このような事実を頭の片隅において、賦役にはどのような利点と欠点があり、どのように徴募すれば良いかを考えてみましょう。


 『賦役』は、仮に『その年、労働人口全員を徴募する』としたら、農業や商業など、そのほかの活動が滞ってしまう性質を持っています。

 労働可能な男性を全員、たとえば兵役に徴募してしまえば、老人・幼児・女性をフルに活用したとしても農村のマンパワーは減りますから、農作業は著しく滞ります。

 ですから、原則的には『行政単位につき、何分の一』かの労働可能人口を抽出する、という手続きが入ります。

 たとえば、人口千人の村に十五歳~二十五歳の男子が百人いたとすると、そのうちの二十人を国の労働に従事させよ、というように徴募するわけです。(例示として男性に限定していますが、仕事内容によっては女性、あるいは男女ともが徴募される場合もあります。なお、古代中国の戦国時代の中原における兵役は、二十歳から六十歳まで(!)の男子に課されていた記録が残っています)

 国が賦役従事者を指定する場合は、なんらかの(ある程度)公平な抽選制度が必要です。

 たとえば古代日本や古代中国を念頭に「戸籍」を一単位と考えると、その戸籍を構成するメンバーのなかで、もっとも労働適齢期の人材を一定期間引き抜いてしまうのですから、その戸籍の生産力は減少します。

 ここに偏りがあると、引き抜かれた戸籍……「集団」と引き抜かれなかった「集団」に埋めがたい貧富の差の広がり、不公平感が増大します。

 国としては

①(ある程度納得できる)公平な抽選制度・輪番制度

②可能ならば扶養者がおらず、共同体の余剰労働者を選択的に抽出する制度。

③なんらかの事情である集団に賦役が集中するような場合は、共同体全体でその集団をサポートする制度。

 このような仕組みが必要です。


 別の視点から考えてみましょう。

 兵役にせよ大規模工事にせよ、実際問題として『決まった者』が従事した方が能率は上がります。

 戦争で指揮官の指示に従って進軍したり敵とぶつかったりすること、攻城兵器などの特殊な武器を素早く組み立てて利用すること、あるいは運河の建設で土を突き固めたり連携して土を運び出したりといったことは、ある程度慣れが必要です。

 しかし、この『慣れ』と、前段で述べた『公平に』というのは、相反しています。


 このように、賦役というのは貨幣経済の発達に関係なく徴収でき、即効性のある『マンパワー』を集めるのに有効な手段ではありますが、慣れの必要な労働でも長期雇用が難しく、また、徴募の仕組みをうまく作らないといろんなところに問題が出てくると考えられます。


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