第8話 闇夜の決闘
夜闇が支配する夜の庭園。
――ヒュン
静寂の中に風切り音が響く。
――ヒュン、ヒュン
仮想の敵を想像し、何もない夜闇のそこへ一刀を振り下ろす。
最も重要なのは、想像力でもなければ、踏み込みの深さでもなく、斬撃の鋭さや技の精度ですらない。《気》だ。《気》のコントロールこそが最も重要だということを
体内で練り上げる《気》の練度をどれだけ高めることができるか。練り上げた《気》をいかにして無駄なく剣へ伝えるか。剣へ伝わった《気》を散らさず、いかに長時間維持することができるのか。この
夜に行う修練はいいものだ。
闇と一体化するような感覚。五感が研ぎ澄まされ、集中力が増す。普段以上に《気》の流れを近くに感じ取ることができる。
「っとぉ」
額を伝う汗が目に入り、視界を歪ませた。
もうかれこれ二時間は素振りを続けている。そろそろ休んでも良い頃合いだが、なぜだか今日は調子が良い。興に乗ったついでにもう少し続けるか。
ふと、研ぎ澄まされた感覚が違和を察知した。
大気の《気》の流れがおかしい。
周囲には誰もいない。大気の《気》を乱す要因があるとすれば、己の振るう《剣気》に他ならない。ならばその影響は
「――の、はずなんだが。人か?」
その違和は真っ直ぐこちらへ近づいてくる。
「やっべ、見つかったら面倒くせえ」
夜の修練など学園のカリキュラムには存在しない。どころか許可すら取っていない上、学生寮からはこっそり抜け出している身の上だ。教師に見つかりでもしたら、たっぷりこってり絞られることだろう。
距離が近くなる。気配が現れた。草を踏み
その音は先ほど
「そこにいるのだろう。出てきたらどうだ」
冷たい抑揚のないその声に聞き覚えがあった。
月明りで薄っすらとだけ見えた。闇に浮かぶ白い顔の輪郭が。
「そこにいたか」
闇に沈んでいても隠し切れない美しい顔がこちらへ向く。
隠れる暇などない。
草陰から抜け出し、頭に付いた葉を払う。
「相変わらず、勘がいいですね」
「よく言われる」
妙な得心がいき
相変わらず美しい顔をしているが、凛とした雰囲気が鳴りを潜め、どこか憂いを含んでいるような印象を受ける。
(あ? どうしたんだまるで別人……)
公主様が一歩を踏み出した。ゆっくりと近づいてくる。
距離が近づき、その過程で
訝しむ
「まさかこれ、真剣ですか」
「ああ、そうだ。受け取れ」
理解不能を示す「?」マークを頭に浮かべながら、言われるがまま
「で、これはなんです?」
「戦え」
「は?」
「戦え」
「なんで同じこと二回言ったの!? いや、そうじゃなくて。何と戦うんですか。それをちゃんと説明してください」
公主様は小さく頷くと、左手に持っていた剣を勢いよく引き抜いた。
「
一瞬、時が止まった。
そして時は動き出し、受け入れ難い現実に
「は? いやいやいやいや、おかしいだろ! わかるように説明しろ。いや、説明してください!?」
いつの間にか、公主様の表情からは憂いが消えている。元の凛とした美しくも
公主様の全身から《剣気》が立ち上る。彼女の持つ剣に群青色の炎に似た《剣気》が宿り、剣身を妖しく装飾し始めた。武器の品質と《剣気》は積の関係にある。
「ちょっと待て。シャレになってねーぞ」
少し前から怪しくなっていたが、もはや敬語を使う余裕はない。
「抜け。無抵抗のおまえを斬っても意味がない」
「昇降口でのこと怒ってんのか? 悪かった謝るから――ってあぶねえ!?」
斜めに飛んできた斬撃をすんでのところで回避する。
「今のは当てにきただろ、コラ!?」
「私に勝てたら何でも言うことを聞いてやる。悪くない条件のはずだ。さぁ抜け」
「――また、それかよっ」
模擬戦の時も似たようなことを言っていた。
自分の価値を貶めるような真似に
「あんたは安いケチな景品じゃねえだろ!」
再び振るわれた群青の一撃を、
闇の庭園に火花が散る。
「どうして自分を貶めるような真似をする。どうして自分を無価値のように断じて投げ捨てるような真似ができる!」
剣を打ち合う甲高い音が響く。その度、火花が散り、一瞬だけ夜闇が払われる。
「なぁ、答えてくれよ公主様!」
「無駄口を叩く余裕があるとは。やはり只者ではないな」
「だいたい何でも言うこと聞くって。本気で言ってんのか!?」
「当たり前だ」
必殺の斬撃が夜の
「本当にわかってんのか。
「百も承知だ」
生き死にの勝負に参加を強いられ、
「俺が勝った時は覚悟しとけよ! 公主様だからって容赦はしないからな」
力任せの連撃を叩き込むが、公主様はそのすべてを器用に
高速で景色が移り変わる。そのすべてを目で追いながら
「ハッ! どうしたぁ。息があがってるぞ」
息があがっているのは
「うるさい。黙って戦え」
「おまえの希望通り相手してやってんだから感謝しろよ」
公主様が挑発に乗ってきたことで、
しかし、いつの間にか
「ちっ、やっぱ技巧の差はかなりあるな」
剣による受けだけでなく、鍛え抜かれた敏捷性を駆使してなんとか
そしてそれは、大きく後ろへ跳躍した時に起こった。
「げっ!?」
着地と同時、ぬかるみに足を取られた。池の
バランスを崩した
この時を待っていた。
「なんてな。名演技だったろ?」
「なっ――!?」
バランスを崩したかに見えたのは、大振りの一撃を誘い出すための演技だった。
ここぞとばかりに隠し
一気に《剣気》の出力を上げて公主様の放った一撃を迎撃、力任せにその華奢な体ごと吹き飛ばした。間髪を入れず、追撃を入れる。流石とも言うべきか、公主様は大きくバランスを崩しながらも素早く体勢を立て直している。だが、先手は
「それだ。覚えておけ」
「……なに?」
力では
絶対的優位であるにも関わらず、
納得のいかない様子の公主様が口を開く前に、機先を制す。
「ついて来い。場所を変える」
◇◇◇◇◇
場所を変えると言っても
納得がいかないながらも
石造りの祭壇のような場所で
「
「世界一硬い鉱石のことだろう」
唐突の質問に
「では問おう。この模擬刀で黒龍石を斬ることはできるか?」
「不可能だ」
「かつて、剣術に特化した龍皇陛下がいたらしい。彼は学生の時分、その頃使っていた模擬刀を使って黒龍石を両断したという
黒い柱のところまでたどり着き、模擬刀でコンコンと叩く。
「こうして黒龍石の柱が用意されている」
話の意図を察した瞬間、
まさかとの思いが全身を支配し、硬直させる。
急激に
「まさか同じことをできるとでも言いたいのか。伝説の剣聖・
無言のまま、
やがて無秩序に荒れ狂っていた《剣気》は制御・収束され、模擬刀へ集まっていく。全てが一刀に収束した瞬間、
「やっと見つけた」
黒龍石が両断される刹那、
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