第16話

私はこれをカレーで食べたことないけど、黒川さんが言うならいいかなと思って鍋に雑に投入した。


「愛理……」


バーベキューコンロとは別に、カレー用に焚き火台で火を用意してくれていたお父さんのところへ持っていくと呆れられた。


「先に油を入れて、火にかけてから肉を入れるんだよ」

「……一緒じゃないの?」

「今度から料理も一緒にしようか」


なぜか料理できない認定をされて釈然としないけど、とりあえず焚き火の上に鍋がくるように台に乗せた。


お肉がちゃんと焼けるようにたまにひっくり返して、ある程度焼き目がついたら黒川さんを呼びに戻った。


黒川さんはご機嫌で、鼻歌しながら何か緑の野菜を刻んでいる。


「黒川さん、お肉焼けたよ」

「ありがとー。じゃあ、入れるお野菜持っていくね」


黒川さんは人参、玉ねぎ、ナス、ズッキーニを切ってくれていたので、全部まとめて鍋に入れる。


「野菜も少し炒めた方がいいのかな?」

「そうね、少し炒めてもらっていい?」

「はーい」


木べらで炒めて、全体に焼き色がついたらお水を入れる。私は基本的に混ぜる係だ。黒川さんが葉っぱを入れたり、何かの粉を入れたりしている。


「黒川さん、カレールーは辛口?」

「みんなが食べられるかわからないから、中辛にしといたわ」


一安心だと思ったのもつかの間だった。


ルーを入れて煮込んでそろそろ完成と思ったその時、黒川さんが仕上げ〜と言いながら紙パックの何かを入れた。


白面積の多い紙パック、そう、牛乳だ。


「え!?黒川さん!それ牛乳!」

「そうよ〜。これが最後の仕上げで美味しくなるのよ」


えぇ……。ほんとかなぁ……。煮込んでる途中で、既にお父さんの作るカレーとは全然違う匂いだったので不安だ。


なんかこう、洋風のスープみたいな匂いがすごくしてる。ハーブっぽいというか、そんな感じ。


お父さんのカレーはもっと、辛いぞー!って感じの匂いでガツンと来るので、なんかオシャレな匂いがして違和感がある。


「大丈夫大丈夫、信じて〜」


不安が顔に出ていたのか、黒川さんが頭を撫でてくれた。思わず口元がゆるむ。


「これでカレーは完成ね。ローストビーフも後は待つだけみたいだし、愛理ちゃんはエビフライとハンバーグどっちがしたい?」


これは難題だ。エビフライもハンバーグも作ったことがない。失敗しにくそうなのはどっちかな。


「私が一緒にするから失敗の心配はいらないわ。ハンバーグをいつものお父さんの味で食べたいか、たまには違う味で食べたいかで決めたらいいわよ」


そう言われると黒川さんの味を否定するみたいで、お父さんの味がいいとは言い難い気が……。


「愛理、揚げ物は危ないからお父さんがやろう。ハンバーグを任せていいか?」

「流石にもう大丈夫だよ……多分」


お父さんは私には絶対に揚げ物をさせてくれないのだ。


「あー、油の温度を確かめようとして指を入れようとしたんだったかしら?」


何故そうなったかを口にしたのは黒川さんだった。


「なんで知ってるの!?」

「お父さんが話してたわよ?危ないって止められてから怖くなって泣いちゃったって」

「もー!なんで、そういうこと人に話すの!」


私はお父さんに抗議のパンチを繰り出した。


お父さんにクリティカルヒット!


お父さんに0のダメージ!


お父さんの体固い……。私渾身の一撃が決まったのに、まったく平気そうな顔だ。むしろ私の手が痛い。


「愛理ちゃん、そういう時は手をこうして……」


黒川さんは私の手を取ると、腕の高さを調整した。


「さ、これでパンチしてみて?」


黒川さんの手は、私の肩に乗っている。とりあえずパンチしてみた。


「今、パンチするから手に力を入れたでしょう?」

「うん」

「でも、愛理ちゃんのパンチは手で加速する訳じゃないでしょう?腕とか、肘とかが動くから、手が早く動くの。ここまでは大丈夫?」

「大丈夫」


大丈夫だけど。


私は何を教えられてるんだ。


「だから、手の力は抜いちゃって、腕と肘が速く動くように意識してみて?」

「わかった」

「はい、じゃあもう1回パーンチ!」


私は言われたように手じゃなくて腕と肘を動かすつもりでパンチしてみた。


私の抗議パンチはお父さんにヒットはしたものの、やっぱりダメージはなさそう。


まぁ、じゃれてるようなものだから、ダメージなくていいんだけども。


「黒川さん、愛理に余計なことを教えないで欲しいな。愛理はそんな危ないことはしなくていいんだ」


お父さんは思ったより冷たい目で黒川さんを見て言った。私にはいいパンチだったよ、と言った上で。


なんだかいたたまれなくなって、私は楽しかったよ、も言うとお父さんはなんとも言えない顔になってしまった。


「いいかい、愛理。誰かを攻撃したいと思ったら、実行に移す前にお父さんに言いなさい。いいね?」

「わかった」


楽しくやってたのに。急に空気が悪くなっちゃった。


「ごめんね、愛理ちゃん。私が余計なこと言ったから」

「ううん。私もお父さんがあんなに怒るなんて思わなかった……」


お父さんの言ってることもわかるけど、私はそんな簡単に人を殴ったりしないつもりだ。そんなに過剰反応しなくてもいいのに。


「お父さん!」

「なんだい」

「空気悪くしたんだから、1発ギャグで空気戻して!」

「愛理ちゃん、私藤林くんの1発ギャグはちょっと……」

「お父さんの磨き上げられたギャグセンスを披露する時が来たか……」

「藤林くん!?」

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