第15話
お父さんに注意されてしまったので、私は女の人から目を逸らして運転席を見た。
「あれ、松田さん?」
「そうだよ。追加の物資を持ってきてくれたんだ」
運転席にいたのは確かに松田さんだった。じゃあ、あの女の人は松田さんの奥さんとかなのかな。
お父さんは私に向けていた笑顔を消して、真面目な顔をして女の人に話しかけた。
「黒川さんがどうしてここに?」
声もなんだかいつもより低い気がする。でも、女の人は優しそうな顔のままだ。
「藤林くんが珍しく普通にキャンプしてるって聞いたの。どんな風なのかなって」
声まで癒し系だ……そんなのずるい。
「愛理ちゃん、すごい顔してるよ」
運転席から降りてきた松田さんが、私の顔の前で手を振った。
「癒し系全開!って感じのすごいお姉さんがいるんだけど、松田さんの彼女?」
「オレはもうちょっとギャルっぽい方が好きかなぁ……。普通に同じ業界の人ってだけだよ、多分」
ほんとに何とも思ってなさそうな口調だった。荷物降ろしちゃうからお父さんとこ行ってな、と言われて私は松田さんから離れた。
けど、お父さんと女の人はなんかずっと喋ってて近寄りにくい。そう思っていると、女の人と目が合った。にっこりして手を振られた。仕草までいちいち優雅な感じですごい。可愛いの天才だ。私はついデレッとした表情で手を振り返してしまった。
恥ずかしくなった私は、女の人と私の間にお父さんが来るように横にずれた。だけど、これで隠れたと思った瞬間、横に女の人がいた。
「愛理ちゃんよね?私は黒川真由、よろしくね」
間近でふわふわ笑顔を向けられると破壊力がすごい。しかもいい匂いする。
「愛理です。よろしくお願いします♡」
なんか好きー!ってなる匂いだ。ほら、と手を出されて私はためらいなく手をつないだ。
お父さんは苦虫を噛み潰したような顔でこっちを見てる。こんな美人と手をつないでるから羨ましいのかも。
「藤林くんは私の事を愛理ちゃんに話したことはあるの?」
「ない」
「ないです」
もう、と黒川さんは可愛く怒った。そして私の方へ向き直る。
「お父さんには仕事でお世話になったことがあるの。今日は松田くんと一緒に色々持ってきただけだけど、仲良くしてくれると嬉しいわ」
よろしくお願いします、と私は頭を下げた。
松田さんと黒川さんが積んできてくれたものはほとんどがクーラーボックスだった。また中に色々入ってるみたい。
「対価の品だ」
お父さんが魚を渡すと松田さんはとても喜んだ。物々交換っていうか、お礼?
「これなんだよなぁ」
すっごく嬉しそう。まぁ、魚の燻製ってスーパーだとあんまり見ないもんね。自宅ですると煙がすごいことになりそうだし。
「今日はオレもここに泊まるから、晩御飯はよろしくね」
松田さんが料理をしないのは知ってるので、それは大丈夫。私は失礼にならないようにちらっと黒川さんを見た。
「私はお手伝いするからね!一緒にお料理しようね」
ふんす!と胸の前で拳を握る黒川さん。可愛い。私は頑張りましょう!と返した。
「それで、リクエストは?」
お父さんが松田さんに聞いた。松田さんはよくぞ聞いてくれた、って感じでドヤ顔だ。
「ローストビーフとカレーとハンバーグとエビフライ」
……お子様ランチかな?
「いいだろう」
いいんだ。
「安心して、サラダ用のカット野菜も買っておいたわ」
良かった。昨日も今日もお肉ばっかりで、ちょっと生野菜が欲しくなってた。
「黒川さん好きー!」
「私も愛理ちゃん好きよー」
好きだって、ぐへへ。
「はいはい、荷物運ぶよ。お嬢さんたち」
松田さんの号令で、みんなでクーラーボックスを運ぶ。私は何かの段ボール箱を1つ。大人はクーラーボックスを2個。黒川さんもしれっとクーラーボックスを2個まとめて持ってる。すごい。ふわふわ系っぽいのに実はパワータイプなのかもしれない。
車から降ろした荷物をバーベキューコンロの周りに運んで、松田さんの指示通りに並べる。綺麗に並んだクーラーボックスに何故かご満悦だ。
「これで、椅子にもテーブルにもなるだろ?」
言われてみれば確かに、椅子は私とお父さんの分しかなかった。
「さぁ、美味いのを頼むぜ」
松田さんはクーラーボックスに座って、本を読み出した。
「じゃあ愛理ちゃん、女の子チームでカレー作りましょ」
「はーい」
段ボール箱の中身はじゃがいもとか玉ねぎとかの野菜だった。
「じゃがいも入れるんですか?」
「じゃがいもは付け合せに揚げるのよ。お父さんはカレーにじゃがいも入れない派でしょ?」
「そうです」
「それと、敬語じゃなくていいからね。気楽に話してね」
わかった、と言うと黒川さんは嬉しそうにふふふ、と笑った。
「じゃあ、お肉はカットしてあるのを買ってきたから、愛理ちゃんはこれを鍋で炒めてくれる?」
私は黒川さんからお肉のパックを4つ受け取った。
「……これでカレーするの?」
「そうよ、美味しいんだから」
黒川さんは自信たっぷりに笑った。
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